潜在意識と無意識は同じだ、と書いてある本があります。違う、と書いてある本もあります。
どちらを信じればいいか、わからなくなる。
僕も、最初はそうでした。
先に結論を書きます。指しているものは、ほぼ同じです。ちがうのは、言葉の出どころのほう。
「無意識」は、気づいていない、という状態の名前。「潜在意識」は、気づいていない側にもうひとつの心がある、と言うための名前です。
この差が、あとで効いてきます。
順番に書きます。
「無意識」は心理学の言葉、「潜在意識」は本屋の言葉
| 無意識 | 潜在意識 | |
|---|---|---|
| 出どころ | フロイトの精神分析 | 英語 subconscious の訳語 |
| 広めたもの | 心理学の教科書 | 1968年のマーフィー邦訳 |
| 指すもの | 気づいていない、という状態 | 気づいていない側の「もうひとつの心」 |
| 命令が効くか | 効かない | 効くことになっている |
無意識は、フロイトが精神分析の真ん中に置いた言葉です。ドイツ語の das Unbewusste。「意識されていないもの」という、状態の言い方です。
潜在意識は、英語の subconscious を日本語にしたもの。
日本で広まった出どころは、はっきりしています。
国立国会図書館の書誌によると、マーフィー『眠りながら成功する』の邦訳が出たのは1968年。原題は The Power of Your Subconscious Mind、訳すと「あなたの潜在意識の力」です。
それ以前にこの訳語がどこまで使われていたかは、たどれませんでした。
ひとつ、公平のために足します。英語の subconscious を専門語として使う研究者はいます。1987年のサイエンス誌の総説が、その一例です。
だから「潜在意識は非科学的だ」と切るのも、雑なんですよね。
フロイトが「潜在意識」を捨てた理由
おもしろいのは、フロイト本人が subconscious を退けていることです。
理由を、ロンドンのフロイト博物館が説明しています。この言葉は、2通りに読めてしまうから。
ひとつ目は、「意識の下に、眠っている層がある」。底のほうでじっとしていて、上で意識が勝手にやっている、という絵です。
これだと、いちばん大事な性質が抜けます。
無意識は、休んでいません。絶えず意識に割り込み、そのたびに押し戻されている。動いている側です。
ふたつ目は、「頭の中に、もうひとりの小さな人がいる」。意識の下に、第二の意識がある、という絵。
こちらは、動いている感じは残ります。ただ、ひとりの中で2つの意識が争う、分裂の話になる。フロイトは、これを退けました。
だから「無意識」を選んだ。どちらの誤読も、この語なら起きないからです。
「潜在意識」は、フロイトが退けた2つ目の読み方を、そのまま採った言葉です。意識の下に、もうひとつの心がいる。
だから「語りかける」「お願いする」「書き換える」という文が成り立つ。
言葉が、やることを決めてしまう——ここが、いちばん大きなちがいです。
無意識には、3つの意味がある
無意識のほうも、ひとつではありません。
ひとつ目は、日常語です。「無意識に足を組んでいた」。くり返した動きが自動になって、意識しなくてもできる状態のこと。
ふたつ目が、フロイトの無意識。押し込められて、入れなくなった部屋です。
みっつ目が、認知科学の無意識。もともと入口がない処理のほうです。
ここは、確かめられている範囲がはっきりしています。
思い出せない経験が行動に残る潜在記憶。規則を説明できないまま規則を学ぶ潜在学習。気づかないほど短い刺激が、あとの判断に効くこと。
1987年の総説は、この3つを認知的無意識と呼びました。
2008年の総説は、もっと踏み込んでいます。
多くの心理学者はいまだに、無意識を「本物の意識」の影だと見ている。ただ、証拠を見るかぎり、無意識は意識より劣ってはいない。むしろ、無意識の行動のほうが先に来る。
潜在意識は、この3つのどれともちがいます。
願いを叶える倉庫。力の源。マーフィーの本が描いたのは、そちらでした。
上の3つは、どれも「気づいていない」という状態の話です。4つ目だけが、力をもった主体の話になっている。
ユングは、無意識を「自分の中だけ」にしなかった
もうひとり、触れておきます。ユングです。
『心理学と錬金術』の186ページに、こんな一行があります。意識が要求できるのは、中央の位置にすぎない。その四方八方には無意識の心がそびえ立ち、意識を完全に包囲している。
大小の話ではない。囲まれている、という絵です。
ユングは、無意識を2層に分けました。個人的無意識と、集合的無意識です。
個人的無意識は、本来なら意識できるはずの内容が、無意識のほうに置かれている層(310ページ)。
集合的無意識は、その下。祖先から受け継いだ層です。
実務として大事なのは、95ページの一行です。
まず個人的無意識が処理されなければならない。さもなければ、集合的無意識への扉を開くことは不可能である。
順番が、あるんですよね。押し込めたものを、先に見る。深い層は、そのあとです。
そして244ページ。無意識は、まったくの未知の心であって、規定できないがゆえに無限のものである。
ユングでさえ、言い切っていない。
「潜在意識は◯◯です」と一行で言い切っている本を見たら、ここを思い出してください。
今日の話をまとめると
「無意識」は状態の名前で、「潜在意識」は主体の名前です。
状態の名前だと、「気づいていない処理がある」で止まります。主体の名前だと、「その主体に働きかけよう」まで進んでしまう。
だから「潜在意識に語りかける」はできて、「無意識に語りかける」は、少し変になる。
主体の名前で呼ぶと、つい語りかけたくなる。でも、そこは動きません。
効くのは、入力です。何を見て、何をくり返し、どの順番で動くか。そこを変えると、気づいていない側が勝手に変わります。
だから僕は、「書き換える」ではなく「味方につける」と言っています。
今夜、3分だけ使ってください。今日、気づかないうちにやっていたことを、ひとつ書く。その横に、始めたきっかけを書く。
思い出せなければ、「思い出せない」と書く。それが、入口のない処理の実物です。
顕在意識とのちがいは、潜在意識と顕在意識の違いに書きました。
そもそも嘘なのかを先に知りたい人は、潜在意識は嘘なのかから読んでください。





