速読の講座にお金を払ったことがある人。あるいは、アプリを入れてみて、続かなかった人。
たどり着いた理由は、たぶん同じです。効いているのか、よくわからない。
先に結論を書きます。速度は実際に上がります。ただし、上がっているのは目の速さではありません。
上がっているのは、飛ばし読みの技術と、知っている話から推測する力です。そして、その代わりに理解度が落ちます。
騙されましたね、とは書きません。効いていた部分が、思っていた部分とちがっただけなんですよね。数字で見ていきます。
日本語で実測した数字
2012年に、日本語の現代小説を使った実験があります。モニタで黙読させ、直後に内容の真偽問題を解かせる。視線も同時に測っています。
結果は、こうでした。
| 読む速さ | 正答率 | |
|---|---|---|
| 訓練していない成人(14名) | 1,236.6 字/分 | 83.8% |
| 速読の訓練者(3名) | 2,600.2 字/分 | 68.1% |
| 読まずに解答した統制群 | — | 55.5% |
速度は、2.1倍。ここは、本物です。
問題は3行目です。この文章を一度も読んでいない人でも、55.5%は当たる。訓練者の68.1%は、その床から12ポイントしか離れていません。
ちなみに、この研究には日本速読教育協会の関係者も共著に入っています。速読に不利な結果が出るよう仕組まれた研究では、ありません。
「1.4倍」という、等身大の数字
英語でも、同じ形の実測があります。
速読講座の受講前後で、眼球運動を測った研究です。受講前はどちらの群も約280語/分。受講後は約400語/分になりました。1.43倍です。
目の動きは、たしかに変わっています。ここも、嘘ではない。
でも理解度は、81%から74%へ落ちました。論文の書き方はこうです。速度の上昇は、理解を犠牲にして達成された。
レビューの結論も、はっきりしています。速度と理解のあいだにはトレードオフがあり、両方が高いという特別な読み方はない。
教育を受けた成人の黙読は、毎分200〜400語。これを500〜750語へ倍増させるのは、理解を保ったままではむずかしい、とレビューは書いています。
なお、この200〜400語という幅は、2019年のメタ分析では175〜300語/分(非フィクション)まで下がっています。古いほうの数字は、多すぎたということです。
速く読める人は、読む前から知っている
1980年代の実験があります。速読者(600〜700語/分)、通常の読者(約250語/分)、飛ばし読みを指示された群の3つを比べたものです。
要旨の質問では、速読者が飛ばし読み群を上回りました。ただし、通常の読者には及ばない。細部の質問では、速読者と飛ばし読み群に差がなく、どちらも通常の読者に負けました。
答えのある場所を見ていなければ、答えられない。目が、そこを通っていないからです。
決定的だったのは、次の条件でした。背景知識のほとんどない専門誌の文章を渡すと——速読者の優位は、要旨の質問でも消えました。
研究者はこの優位を「拡張推論」と呼んでいます。部分的な情報と、すでにもっている知識から、妥当な推論を組み立てる力です。
ケネディが新聞を数分で読めたという話。あの人は毎日ブリーフィングを受けていて、報じられている政策の多くを自分で作っていました。世界チャンピオンが最新のハリー・ポッターを47分で読んだ話も同じで、既刊を全部読んでいます。
レビューの総括が、身も蓋もありません。速読講座の受講生が教わっているのは、本質的にはスキミングであって、読むことではない。
知識は、読解力を代わりにできる
中学生64名を、読解力の高低と野球の知識の高低で4つに分け、野球の1イニングの記述を読ませて、どれだけ再生できるか測りました。
全部の測り方で、野球の知識のほうが効いています。読解力そのものの主効果は、有意ではありません。
原文の一行が強い。読解力が高くて野球を知らない生徒は、読解力が低くて野球を知っている生徒より、再生も要約もできなかった。
もちろん、題材の特殊性はあります。著者自身が留保をつけている。ただ、方向は速読の実験とぴったり重なるんですよね。
速く読めているのは、読む前から知っているからです。
代わりに何をするか
否定して終わりにはしません。研究が支持している手段は、3つあります。
① 読む前に、その分野の言葉を増やす。
地味です。でも、ここだけ。
読む速さは、目の性能ではなく言語処理の力で決まります。語彙と、読んだ量。遠回りに見えて、これが本線です。
② 目的を決めて、見出しと冒頭を狙う。
スキミングは有効です。ただし条件つきで。見出しに注意を払った読者ほど、正確な要約を書きました。
逆に、講座でよく教わる「ページの中央を上から下へジグザグに落とす」動きは、最も非効率でした。中央を下る人ほど成績が悪く、正答率は偶然の水準に近かった。
③ 読み終えたら、閉じて思い出す。
これが、いちばん効きます。文章を読ませたあと、もう一度読み直す群と、読まずに思い出す群に分けた実験があります。
5分後は、読み直した群が勝ちます。81%対75%。
2日後に逆転します。68%対54%。1週間後は56%対42%。
そして、いちばん怖いのがここです。読み直した群のほうが「覚えられた」という手応えは強かった。手応えと、実際に残る量が、逆に動くんですよね。
今日の話をまとめると
速読は、意味がないわけではありません。1.4倍から2.1倍は、実際に速くなります。
ただし上がっているのは、飛ばし読みの技術と推測の力です。目が速くなったわけではなく、理解度は7ポイントから16ポイント落ちます。
そして速く読めている人は、読む前からその話を知っています。
今夜、3分だけ使ってください。いま読みかけの本を閉じて、思い出せることを箇条書きにする。
思い出せなかったところが、あなたが読んでいなかったところです。速く読む練習は、そこを埋めてからのほうが効くんですよね。
同じ構造の話を脳の側から見たいなら、右脳と左脳の違いを読んでみてください。





