天才と秀才の違い|「生まれつきか努力か」の二択を、研究の数字で確かめる

天才と秀才の違い|「生まれつきか努力か」の二択を、研究の数字で確かめる

生まれつきの数字と、努力の数字は、別のものを測っている。足して二択にはできない。
生まれつきの数字と、努力の数字は、別のものを測っている。足して二択にはできない。

天才は生まれつきで、秀才は努力の人。

子どものころに、そう聞かされた人。いま自分ののび方を見て、どっちでもないと感じている人。

僕は、あとのほうでした。

先に結論を書きます。天才は「生まれつきの才能」をさすことばで、秀才はもともと「試験でえらばれた人」をさすことばです。そして「生まれつきか、努力か」という二択のほうは、そもそも足し算になっていません

生まれつきの側にも、努力の側にも、数字はあります。

ただ、測るものが別です。

順番に書きます。

辞書では、天才は「生まれつき」、秀才は「試験」

まず、意味をそろえます。

天才生まれつき備わっている、並み外れてすぐれた才能また、そういう才能をもった人言葉の出どころは「生まれつき」秀才非常にすぐれた学問的才能。また、その持ち主もとは中国の科挙の試験科目の名前日本でも律令制の役人をえらぶ試験名天才生まれつき備わっている、並み外れてすぐれた才能また、そういう才能をもった人言葉の出どころは「生まれつき」秀才非常にすぐれた学問的才能。また、その持ちもとは中国の科挙の試験科目の名前日本でも律令制の役人をえらぶ試験名
辞書の上では、天才は才能の出どころの言葉、秀才は試験の言葉。中身の優劣を分けた言葉ではない。

デジタル大辞泉で「天才」は、こうです。

生まれつきそなわっている、並み外れてすぐれた才能。また、そういう才能をもった人。

「秀才」は、こうです。

非常にすぐれた学問的才能。また、その持ち主。

秀才には、もうひとつ古い意味があります。

秀才は、もともと中国の科挙の試験科目の名前でした。のちに、その試験を受ける人と、受かった人をさすようになった。

日本でも秀才は、律令制の役人をえらぶ試験の科目名でした。

天才は、生まれつき。秀才は、試験——それだけです。

天才と秀才は、才能の中身をわけたことばでは、ないんですよね。

「生まれつき説」の出どころと、年齢で上がる遺伝率

天才は生まれつき、という考えの出どころのひとつは、1869年の本です。

乳児期約20%思春期40%成人60%後期成人最大80%の可能性80歳以降約60%に低下出典: Plomin & Deary 2015(知能の遺伝率)
遺伝率は、生まれた直後がいちばん高いのではない。大人になるほど高くなり、80歳を超えると下がる。

ゴルトンの『遺伝的天才』。そのはじめに、人の生まれつきの能力は、からだの形や特徴とまったく同じ制約のもとで、遺伝によって受けつがれる、と書いています。

では、いまの実測はどうなっているのか。

知能の遺伝率は、乳児期の約20%から、思春期で40%、成人で60%へ、まっすぐ上がります。後期成人では80%まで上がる可能性がある、と2015年の論文にあります。

遺伝率は、そこで止まりません。

80歳を超えると約60%まで下がる、とも同じ論文に書いてあります。

遺伝率、ということばの中身です。

遺伝率は、集団の中でのばらつきのうち、遺伝で説明できる割合のことです。ひとりの人の何%が生まれつき、という意味ではないんですよね。

意外なことが、あります。

遺伝率は、生まれてすぐがいちばん高いのではない。おとなほど、高くなる。

「生まれつき」ということばの感じとは、逆の動きかたをしています。

「努力説」の出どころは、バイオリンの7,410時間

もう片方の出どころは、1993年の論文です。

最優秀の群7,410時間優秀の群5,301時間音楽の教員をめざす群3,420時間出典: Ericsson et al. 1993(バイオリン学生30人)
18歳までに、ひとりで練習した累積時間。技能の順位と、練習量の順位がそろっていた。

エリクソンらが、ベルリンの音楽大学のバイオリン学生30人を、3つのグループにわけました。

18歳までにひとりで練習した時間を、合計で聞き取る。最優秀のグループで7,410時間。優秀のグループで5,301時間。音楽の先生をめざすグループで3,420時間でした。

うまさの順と、練習量の順が、そろっていた。

同じ論文の要旨には、こうあります。生まれつきの才能と信じられてきた特徴の多くは、最低10年つづけた集中的な練習の結果である。

そして、その練習の定義は「努力がいって、それ自体は楽しくないもの」です。

ここが、努力説の芯です。

ただし、この論文は、量をふやせとは言っていません。

タイピングのような手の技能の研究では、効く練習の長さは1日1時間に近い、と書いています。1日1〜8時間をくらべた研究では、練習が4時間を超えるとまず効かない。2時間を超えると、効きが落ちる。

一方で、最優秀のグループは17歳のとき、週19.2時間でした。

1日にならすと、2.7時間です。

ピアノの専門家でも、1日4時間あたりでした。そこが続けられる上限かもしれない、と同じ論文にあります。

上限は、あります。

練習が説明できるのは、全体の14%

7,410時間の話は、そのあと大きく広まりました。

ゲーム24%音楽23%スポーツ20%教育5%専門職1%(差があるとは言えない)出典: Macnamara et al. 2014/同Corrigendum 2018(全体では14%・相関 .38)
88の研究・11,135人。意図的練習が成績のばらつきを説明する割合は、全体で14%だった。

2014年に、それをたしかめ直したメタ分析があります。88の研究、11,135人ぶん。

意図的練習と成績の相関は.38。成績のばらつきのうち、練習が説明できるのは、全体で14%でした。

この数字は、2018年に直っています。

訂正で、相関は.35から.38へ、全体は12%から14%へ変わりました。集計の式をまちがえていた、と著者たち自身が書いています。

分野でみると、割れます。

ゲームで24%。音楽で23%。スポーツで20%。教育で5%。専門職では1%で、しかも差があるとは言えませんでした。

分野で、こんなに違う。

著者たちの結論は、意図的練習は重要だが、言われてきたほどではない、です。

残りの86%は、練習では説明できていません。

さっきの遺伝率と、並べたくなります。

でも、並べられません。

遺伝率が測っているのは、知能テストの点のばらつきです。14%が測っているのは、ひとつの分野の中での成績のばらつきです。

ものさしが、別です。

だから「生まれつきが何割、努力が何割」という足し算は、はじめから成り立ちません。二択を置ける場所が、そもそもないんですよね。

高い知能は、質が違うのか

それでも、天才は別ものだ、という感じはのこります。

0.50上位15%の遺伝率双生児11,000組の研究0.55それ以外の遺伝率量的に違うだけ。質的には同じ2人選から漏れた子のノーベル賞IQ140以上の選から外れた子出典: Plomin & Deary 2015/藤永保「天才」日本大百科全書0.50上位15%の遺伝率双生児11,000組の研究0.55それ以外の遺伝率量的に違うだけ。質的には同じ2人選から漏れた子のノーベル賞IQ140以上の選から外れた子出典: Plomin & Deary2015/藤永保「天才」日本大百科全書
上位15%までは、遺伝率がそれ以外と変わらない。ただしIQで選んだ子どもの追跡は、別の結論を出している。

そこも、測られています。

双生児11,000組の研究で、知能の分布の上位15%の遺伝率は0.50。それ以外の遺伝率は0.55。

変わりませんでした。

高い知能の原因は、量的に違うだけで、質的には違わない。同じ論文の言い方です。

上位15%の遺伝率は0.50、それ以外は0.55。高い知能は、別のしくみではなく、同じ分布の端でした

ただし、この論文は線を引いています。

測れたのは上位15%と上位4%までで、ゴルトンが天才と呼んだ上位0.1%には届いていない、と書いてあります。

もうひとつ、日本大百科全書によれば、こんな追跡があります。

ターマンが、IQ140以上の子どもを追いました。IQ140以上の子どもは、全体の0.25%です。ところが、予期したような創造的な業績を挙げた人は、ほとんど出なかった。

逆に、選からもれた子どものなかから、ノーベル賞受賞者が2人出た。

同書はそこから、知能指数による常人・天才連続説はほとんど信頼を失った、と書いています。差は、量よりは質的な次元にある、とも。

2015年の論文とは、逆の結論です。

上のほうにいる人が別の生きものなのかは、まだ決着していません。

今日の話をまとめると

天才は「生まれつきの才能」のことばで、秀才は「試験でえらばれた人」のことばです。

生まれつきか、努力かで割り振る遺伝率と14%は、別のものを測った数字。足して「何割ずつ」にはできない明日の1時間の中身で決める一番できていない一点に絞る。まず1日1時間から、上限は4時間あたりまで生まれつきか、努力かで割り振る遺伝率と14%は、別のものを測った数字。足して「何割ずつ」にはできない明日の1時間の中身で決める一番できていない一点に絞る。まず1日1時間から、上限は4時間あたりまで
この記事の着地。二択に割り振るのではなく、明日の1時間の中身を決める。

生まれつきの側の数字は、遺伝率。努力の側は、14%。中身が、それぞれ別です。

別のものを測った数字なので、足して二択にはできません。

だから、明日の自分を「天才か、秀才か」で決めることに、意味はないです。

決めなくて、いい。

決められるのは、練習の中身のほうです。

それ自体は楽しくない、弱いところにしぼった練習を、まずは1日1時間から。上限は4時間あたりです。超えても、効きません。休みをはさんで、10年の単位で。

今夜、3分だけ使ってください。いまのばしたいことをひとつえらんで、そのなかでいちばんできていない一点を、紙に書く。明日の1時間は、そこだけをやる。

うまくできるところをくり返す時間は、練習には数えない。

7,410時間は、才能の証明として集められた数字ではありません。1日ぶんを足していった記録です。

「生まれつきの脳のタイプ」の話をまだ引きずっている人は、右脳と左脳の違いを先に読んでください。読む速さのほうが気になる人は、速読は意味ないのかに、同じ型の数字を置いてあります。

この記事を書いている人間のことは、プロフィールにまとめてあります。

出典・参考文献

  1. 小学館. デジタル大辞泉「天才」/藤永保「天才」日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンク.
  2. 小学館. デジタル大辞泉「秀才」/精選版 日本国語大辞典「秀才」. コトバンク.
  3. Galton F. Hereditary Genius: An Inquiry into its Laws and Consequences. London: Macmillan; 1869(第2版1892).
  4. Plomin R, Deary IJ. Genetics and intelligence differences: five special findings. Molecular Psychiatry 2015;20(1):98-108.
  5. Ericsson KA, Krampe RT, Tesch-Römer C. The role of deliberate practice in the acquisition of expert performance. Psychological Review 1993;100(3):363-406.
  6. Macnamara BN, Hambrick DZ, Oswald FL. Deliberate practice and performance in music, games, sports, education, and professions: a meta-analysis. Psychological Science 2014;25(8):1608-1618.
  7. Macnamara BN, Hambrick DZ, Oswald FL. Corrigendum: Deliberate practice and performance in music, games, sports, education, and professions: a meta-analysis. Psychological Science 2018;29(7):1202-1204.(この記事の数字は、こちらの訂正後の値)

生まれつきの側の数字も、努力の側の数字も、同じ基準で並べています。数字は一次資料を開いて確かめたものだけです。メタ分析の数字は、2018年の訂正の表で置きかえました。ターマンの追跡は、ノーベル賞の話が原典にたどれなかったので、日本大百科全書の記述として書きました。

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