腕を組んで、上になった腕で右脳派か左脳派かを決める診断があります。その根拠を書いた文章を、僕はいちども見たことがない。
回る女性の絵が時計まわりに見えたから右脳派だと言われて、それを理由に「数字は苦手」と言ってきた人がいます。その診断の出どころも、たいてい誰も知らない。
僕は、その出どころをひとつずつ開きに行きました。
先に結論を書きます。腕組み・指組み・回る女性のどれも、脳の左右を測っていません。測っているのは、利き手のくせと、目のくせです。
順番に書きます。
回る女性は、右にも左にも回る
回る女性のシルエットは、日本のWebデザイナー茅原伸幸氏がつくったものです。これが「右脳派と左脳派を見わけるテスト」としてひろまりました。2010年の論文は、この絵がそのテストとして使われていることを、根拠のない説の例のひとつとしてあげています。
論文は、絵を作り直しました。
カメラの高さを上から2通り・下から2通り、回る速さを3通り。12通りの映像を24人に見せて、どちら回りに見えるかを答えつづけてもらいました。
時計まわりに見えていた時間は、ぜんぶ平均して50.8%。
ただ、これを「半々」と読むのは間違いです。
上と下を同じ数だけまぜてあるので、合計ははじめから半分の近くに来ます。
もとの絵のカメラの高さは、6.8度。この角度なら時計まわりに見える率は58.2%になる、と論文は見つもっています。
時計まわりのほうに、寄る。
ただし向きは、1分に平均3.68回、入れかわりました。
おなじ人の中で、右にも左にも回る。それが、この絵の正体です。
Trojeらが引く2008年のネット投票では、約1,600人のうち約3分の2が時計まわりと答えています。58.2%より、さらに寄っています。
かたよりにも、わけがあります。
人の目には、ものを「上から見ている」と決めてかかるくせがあります。そのぶんだけ、時計まわりに見えやすい。
2016年の論文は、そこにもうひとつ足しました。上から見るくせだけでは足りず、見えている脚を右脚として受け取るくせも効いている、と。
どちらの論文にも、脳の左右の話は出てきません。
ここまでは、目の話です。
腕組みと指組みが測っているもの
腕組みと指組みは、利き手の話として、ずっと前から調べられています。
1997年の報告は、利き手と指組み・腕組みのあいだに関係は見られない、としています。2012年の調査も、それぞれの左右の好みはたがいに独立している、としています。
逆の結果も、あります。
2014年に、7,658人と5,062人という2つの大きな集団で調べた研究があります。
こちらは、利き手との関連を見つけています。
右利きは右の指組みと左の腕組みに寄る。左利きと両利きは、その逆に寄る。
結論は、割れています。
割れたまま、17年です。
ただ、3本のどれを読んでも、出てくる相手は利き手だけでした。
性格でも、考え方でもありません。
日本でひろまった「腕組みと指組みで◯◯型」は、どこから来たのか。
名前は、ついています。利き脳です。
国立国会図書館サーチで「利き脳」を引くと、坂野登が1998年に出した『しぐさでわかるあなたの「利き脳」』が出てきます。2004年の紀要論文は、これを「坂野のしぐさ理論」と呼びました。
同じころの研究も、1本ありました。1987年の心理学研究です。右利きの大学生46人で、左の親指が上に来る組み方の人のほうが、顔を見わける課題での左右差が大きかった、と。
たどれたのは、そこまで。
46人の傾向の差と、「あなたは◯脳型です」のあいだ——この段差が、うまりません。
腕の上下で脳の型が決まる、と書いた研究のほうは、今回の検索では出てきませんでした(2026年9月3日・国会図書館サーチとJ-STAGE)。
出どころが途中で消える診断を、僕は信じないことにしています。
1,011人の脳に、右脳型の人はいなかった
つぎは、脳の側です。
2013年に、7歳から29歳の1,011人分の安静時の脳画像を調べた研究があります。
かたよりは、ありました。左にかたよるハブが9個、右にかたよるハブが11個。
ただし、それは領域ごとの話でした。脳ぜんたいで左に寄る人・右に寄る人という型は、データと合いません。
部品にはかたよりがある。人には、型がない。
左右差そのものがどこまでほんとうかは、右脳と左脳の違いに数字でならべてあります。
「神経神話」という名前がついている
この話には、もう名前がついています。
神経神話です。
OECDは2007年の報告書で、ふたつの半球は分かれてはたらくのではなく、いっしょにはたらく、と書きました。だから「左脳」「右脳」という考え方は無効になった、と。
無効になったのは、人を左脳型・右脳型に分ける側です。左右のはたらきの差そのものは、同じ報告書が認めています。
そのうえで、生徒や文化を半球で分けるのは科学のうえできわめて疑わしい、とまで書いています。
文部科学省の資料も、「右脳人間、左脳人間」を科学的根拠に乏しい神経神話にあげています。
信じている人は、多い。
2012年に、英国のドーセット地域137人とオランダのアムステルダム周辺105人、あわせて242人の教師に聞いた調査があります。学校あてのメールを見て、自分から答えた先生たちで、93%が脳の話に関心ありと答えています。
「左脳・右脳の優位差で学習者の個人差を説明できる」を正しいと答えたのが、英国で91%、オランダで86%。
15個の神話ぜんたいでも、平均で49%を正しいと答えていました。
消えない理由は、たぶんここです。この診断は、誰がやっても結果が出ます。
腕を組めば、どちらかの腕が上に来る。絵は、どちらかに回って見える。
はずれた感じが、いちどもしないのです。
今日の話をまとめると
腕組みも、指組みも、回る女性も、脳の左右を測っていません。測っているのは利き手のくせと、目のくせです。
1,011人の脳にも、右脳型・左脳型という人はいませんでした。OECDも文科省も、これを神経神話とよんでいます。
のこるのは、診断の結果ではなく、じっさいにやったことの記録だけです。
苦手かどうかを決めるのは、記録のほうです。
「◯脳派だから苦手」は、根拠のうすい診断がおいていった型です。型が記録より先にくると、やる前から結果が決まります。
今夜、3分だけ使ってください。「自分は◯脳派だから」でかたづけてきたことをひとつえらんで、それをさいごにやった日を書く。
日付が書けなければ、苦手かどうかは、まだ決まっていません。
型より先に判断を決めている側の心については、潜在意識と顕在意識の違いで言葉をそろえてあります。





