「脳科学的には」と書いてある本のほうを、つい手にとる人。心理学の本を読んで、根拠が弱い気がして閉じた人。
僕は、どちらもやりました。
先に結論を書きます。脳科学は「物質である脳が、心をどう生むか」を調べ、心理学は「心と行動そのもの」を調べる学問です。
脳科学と心理学は、同じ心を反対の側から掘っています。
そして、説明に脳のことばが混ざるだけで、人はその説明を「よくできている」と感じる。実験で、数字が出ています。
ここに、落とし穴があります。
順番に書きます。
何を調べる学問なのか
学会のことばから、二つの定義をそろえます。
日本神経科学学会は、2025年の指針のはじめにこう書いています。
物質であるヒトの脳が、どのように「こころ」の機能を生み出すのかを解明すること。そして、こころの不調の原因を解明して、その治療法を見つけること。
それが神経科学の究極の目的と言っていい、と。
入口は、物質です。
この指針には、fMRIなど、脳のはたらきを外から測る道具が1990年代に大きく進んだ、ともあります。
学会の名前は「神経科学」です。この記事では、世間でいう脳科学と同じものとして書きます。
いっぽうの心理学。日本心理学会は、心理学を「心の科学」ととらえるのが妥当だ、と説明しています。行動も、意識できない無意識も、心理学の対象です。
理事長のあいさつでは、心理学を「人間の心と行動を探求する学問」と書いています。1927年にできた学会で、2019年3月末の会員は7,882名でした。
こちらの入口は、心と行動です。
つまり、違いは入口にあります。掘っている先は、同じ「こころ」です。
違いは、それだけです。
脳のことばを足すだけで、説明がよく見えた
ここから、実験の話です。
2008年に、こんな実験があります。心のはたらきについての説明を読ませて、その説明に納得できるかを答えてもらう。
ものさしは、−3(まったく納得できない)から +3(とても納得できる)までの7段階です。0が、どちらでもない。
しかけは、ひとつだけ。説明の半分には、りくつとは関係のない脳の話を足してあります。
答えたのは、素人81人です。平均20.1歳。
脳の話を足したほうは、0.53。足していないほうは、0.06でした。同じりくつなのに、脳のことばがあるほうが、よく見えた。
もっと大きく動いたのは、悪い説明のほうです。
中身の悪いほうは、脳の話なしだと −0.73。脳の話を足すと、+0.16まで上がりました。マイナスが、プラスに変わっています。
ここが、肝です。
いい説明のほうは、0.86と0.90で差がありません。
いい説明の点は、動きません。
つまり脳のことばは、いい説明をよくしたのではなく——悪い説明の欠陥を隠した。論文にも、そう書いてあります。
授業を受けても、消えなかった
学べばだまされなくなる、と思いたくなります。
この論文の2つ目の実験が、それを試しています。こんどは、認知神経科学の授業を受けている学生22人。
その授業で習っていたのは、認知神経科学の実験がどういう論理で成り立っているか。そして、結論を出すのに、どの情報が要るのか、でした。
脳の話ありが0.43、なしが −0.49。学生22人も、素人81人と同じようにつられています。
脳のことばの効果は、消えていません。
つられなかったのは、3つ目の実験に出てくる専門家48人だけです。平均27.5歳。大学院にいる人が29人、出た人が13人、学部を出た人が6人。
専門家は、いい説明によけいな脳の話が付くと、点を0.41から −0.22に下げました。悪い説明は −1.07と −0.87で、変わりません。
ここだけ、ちがいました。
つられないどころか、よけいな脳の話を「よけいだ」と見抜いていた。論文も、専門家は脳の話が場ちがいだとわかったから点を下げた、と書いています。
脳のことばが効かなかった相手は、専門家だけでした。授業ひとつぶんの受講では、その脳の話が場ちがいだと見抜くところまで届かなかったんですよね。
脳の画像そのものは、効いていなかった
脳科学の記事には、色のついた脳の断面図がよく添えてあります。
では、あの写真はどうなのか。
2008年に、別のチームがこう書いています。認知神経科学の記事に脳の画像を添えると、棒グラフや画像なしのときより、「科学的な論証」の評価が高くなった。3つの実験で、そう出た。
「脳画像には説得力がある」の出どころは、ここです。
ただし、2013年に、これは追試されています。10の実験、約2,000人。
もとのデータと合わせて調べ直すと、脳の画像は読み手の評価に「ほとんど、あるいはまったく影響しない」でした。
絵は、効いていない。
2015年の研究が、そのつづきを埋めました。大学生385人・4つの実験。
脳のことばを足すと、点はやはり上がる。でも、そこにfMRIの画像を足しても、上乗せはありませんでした。
ここでも、絵はおまけです。
効いているのは絵ではなく、ことばのほうです。
この研究で、脳のことばは、社会科学のことばより、ほかの「硬い科学」のことばより、よく効きました。分析的に考える人でも、脳のことばにつられるのを防げていません。
430人でやり直しても、同じところで分かれた
その効果が本物かどうかは、2008年の研究ひとつでは決まりません。
2024年に、同じ18の現象を使って、やり直した追試が出ています。手順を先に登録してから走らせた、オンラインの実験です。
答えた人は430人。高校を出ていない人から、神経科学の教授まで、専門性を6つの段階に分けてあります。
ものさしも、2008年と同じ −3 から +3 です。
脳の話を足すと、点は上がりました。ただし上がり幅は、専門性の低い人ほど大きく、専門性が上がるほど小さくなっています。
偶然では説明のつかない差だ、と報告されています。
まぐれではない、ということです。
専門性が高い人ほど、脳のことばは効かなくなる。2008年の3つの実験と、同じ形です。
分かれ目は、脳の知識の量ではありません。その脳の話が場ちがいだと気づけるかどうかです。
今日の話をまとめると
脳科学は物質である脳から、心理学は心と行動から、同じ「こころ」を掘っています。
ただ、読むほうの頭の中では、脳のことばのほうが強く効きます。素人81人も、学生22人も、脳のことばにつられました。つられなかったのは、専門家48人だけです。
430人でやり直した2024年の追試でも、専門性の低い人ほど、脳のことばで点が上がりました。
つられるかどうかは、知識の量ではなく、その脳の話が場ちがいだと気づけるかで決まります。
そこだけです。
脳の画像は、約2,000人の追試で、効いていなかった。効いたのは、ことばのほうでした。
今夜、3分だけ使ってください。「脳が」「脳科学的には」で始まる説明を、ひとつだけ選ぶ。脳のところを消して、残ったりくつだけを読み直す。
残ったりくつで納得できるなら、それは説明です。何も残らないなら、それは飾りでした。悪い説明を −0.73 から +0.16 に押し上げたのは、その飾りです。
脳の俗説がどう崩れたかは、右脳と左脳の違いに数字で置いてあります。
心理学のことばと、本屋で売られている本のことばの線引きは、潜在意識と無意識の違いで書きました。
誰が書いているかは、プロフィールを見てください。





