RASを使えば、望むものが向こうからやってくる。そう聞いて、目標を紙に書き、毎朝ながめている人。
逆に、脳の名前が出てきたとたん、これは科学なんだと安心してしまった人。
僕は、あとに書いたほうでした。脳の言葉が出ると、たしかめずに信じたくなるんですよね。
先に結論を書きます。RAS(脳幹網様体賦活系。上行性網様体賦活系とも呼ばれます)は、起きている状態を保つための装置です。願いに合う情報を選び出す装置だという根拠は、原典にも、いまの研究にもありません。
ただし、「意識したものが目に入る」という体験そのものは本物です。出どころが、RASではないだけで。
順番に書きます。
1949年の原典に、願いの話は一行もない
RASの出どころは、1949年の論文です。ネコの実験でした。
脳幹の網様体という場所を電気で刺激すると、脳波が変わった。
眠っているときの、そろった波が消える。かわりに、こまかく速い波が出てくる。
この系がはたらきつづけているから、目が覚めている。はたらきが落ちると、眠りや麻酔、病的な眠気につながるのではないか。10項目ある要旨の、最後の1項です。
論文が書いたのは、そこまででした。
要旨のどこにも、目標や願望という言葉は出てきません。
あるのは、ネコと脳波。そして、眠りです。
原典が見つけたのは「目を覚ましているしくみ」でした。「ほしいものを見つけるしくみ」ではありません。
いまの研究でも、相手は睡眠と昏睡
では、その後の研究で「選ぶ装置」だとわかったのか。
そうは、なっていません。
脳科学辞典(日本神経科学学会)は、RASを「覚醒状態を維持する脳内機序」と定義しています。願いを選ぶ一行は、ここにも見つかりません。
2005年のネイチャーの総説が扱ったのは、視床下部のスイッチが、眠っているあいだ覚醒の系を切るという話。薬と、ナルコレプシーの説明です。
2012年には、ヒトの脳3人分(うち2人は死後)を画像で調べた研究が出ています。テーマは昏睡。きずつくと、意識がなくなるという話でした。
RASの中身そのものが、いまも書き換え中です。
2011年のラットの実験では、視床を広くこわしても、脳波も動きもほとんど変わりません。かわりに、前脳基底部という場所をこわしたラットは、そっと触りつづけても反応しなくなりました。
こわす場所が、入れかわりました。
だから専門家は、網様体賦活系という呼び名を使わなくなっています。覚醒にかかわる細胞の多くが、網様体の中には見つからなかったからです。
名前ごと、見直し中です。
研究の相手は、1949年から今日まで、睡眠と昏睡です。
目標達成は、一度もない。
「意識したものが目に入る」は、本物
ここで、俗説の側にもどります。
RASを引き寄せの正体だと説く記事は、「意識し始めたら、それが目に入るようになった」という体験を根拠にします。
この体験は、本物です。実験があります。
1999年の実験は、192人。2つのチームがパスする映像を見せて、片方のパスの回数を数えさせました。
そのあいだに、予期しないものが画面をよこぎります。半分の96人には、黒いゴリラの着ぐるみ。もう半分には、傘をさした女性。
ゴリラを見のがした人が、56%。半分をこえます。
大事なのは、その先です。
黒いシャツのチームを数えていた48人のうち、58%がゴリラに気づきました。白いシャツのチームを数えていた48人では、27%でした。
追っていた色と、ゴリラの色が同じでした。
効いたのは、色です。
同じ操作を傘の女性でやると、差はほとんど出ません。黒を数えた人が62%、白では69%。傘の女性の服は、どちらのチームの色でもない。
拾えたのは、決めていた色と同じものだけ。
58%と27%は、見せかたと数えかたのちがいをあわせた平均です。
選んでいるのは脳幹ではなく、本人の設定
では、その「何を追うか」は、脳のどこで決まっているのか。
1992年の4つの実験が、先に答えを出しています。勝手に目へ飛び込んでくるように見える現象でも、先につくられた「注意の制御設定」が効いていた。
決まるのは、先です。
2002年の総説は、場所まで示しました。目標に沿って情報を選ぶのは、頭頂間溝と上前頭皮質をふくむ大脳皮質のネットワーク。脳幹の網様体という場所では、ありません。
そして2005年、ゴリラ実験のチームが結論を書きます。気づくかどうかを強く左右するのは、刺激の性質ではなく、本人の注意の目標である、と。
論文の題は「What you see is what you set」。何を見るかは、何に設定したかで決まる。
「意識したものが目に入る」の出どころは、RASではなく、この注意の研究でした。
RASは、明かりをつける係です。選ぶ係では、ない。
何を探すかは——明かりの下で、本人が決めている。
俗説の側には、出どころが無かった
さいごに、俗説の側もたどりました。
大手出版社のサイトの記事は、RASを「興味や関心があることを、無意識に脳が集める」フィルターだと説明し、引き寄せの法則の正体はこういうことなんだと思う、と書いています。
出どころは、書かれていません。
論文名も、ない。研究者名も、ない。
俗説の側の記事を、ほかに2本開きました。1本は脳科学辞典と一般書を挙げています。ただし、RASが願いに合う情報を選ぶと述べた論文は、3本とも挙げていません。
僕がたしかめた範囲では、「RASが願いに合う情報だけを通す」と述べた研究は、たどれませんでした。
信じるなという話では、ありません。役割を取りちがえると、使い方までまちがえるという話です。
RASに願いをあずけても、明かりがつくだけ。選ぶ係は、別にいます。
今日の話をまとめると
RASは、起きている状態を保つ装置です。1949年の原典も、そのあとの研究も、相手は睡眠と昏睡でした。
「意識したものが目に入る」は本物です。ただし出どころは、注意の研究でした。決め手は、設定です。
ゴリラに気づいたのは、同じ色を追っていた人でした。黒を数えた48人は58%、白では27%。
分けていたのは、色です。
だから、フィルターに願いをあずけるのではなく、探すものを自分で決める。ここまでが、研究の支える範囲です。
今夜、3分だけ使ってください。明日ひとつだけ、探すものを色か形で決める。
「いい話」ではなく、「青い封筒」くらい、目で判定できるところまで落とします。
そこまで落とすと、目が先に見つけます。
願いと結果のあいだで何が効いているかを見たい人は、引き寄せの法則に科学的根拠はあるのかを読んでください。
ゴリラの実験を潜在意識の側からくわしく書いたのは、潜在意識と顕在意識の違いです。





