右脳を鍛えるドリルを買って、三日でやめた人。右脳を鍛えるアプリを入れて、どこがかわったのかわからないまま消した人。
右脳を鍛えると発想がよくなる、と教材は書いています。
僕は、その根拠になっている論文を、さがしに行きました。
先に結論を書きます。右脳を鍛える訓練で右脳が強くなった、としめした査読つきの論文はみつかっておらず、脳がかわるのは、うまくなりたい対象そのものをつづけたときだけです。
順番に書きます。
「右脳を鍛える」の論文を、探した
日本の学術誌のデータベースで、題名に「右脳を鍛える」がはいる文献をさがしました。
でてきたのは、4件です。
4件とも、2006年の機械学会の年次大会の資料でした。中身は、エンジンの中の流れを計算する話です。
脳の話では、ありません。
「右脳」だけでさがすと、49件です。神経の病気、リハビリ、随想が中心でした。
題名に「右脳を鍛えて」とある1件も、その中にありました。2013年の鋳造工学にのった、2ページの随想です。
研究では、ありません。
英語でもさがしました。題名に「right-brain」と「training」か「education」がはいる論文は、7件です。
内訳を書きます。
右脳を損傷した人のリハビリが、4件。医学教育と患者への教育が、あわせて2件。
残る1件だけが、健康な人を測っていました——2001年の、ロシアの研究です。
コンピュータの操作を4時間訓練させ、そのあいだ右半球が何をしているかを測っています。
結論は、右半球の役割は情報の受け取りと一次処理までで、活動水準の補正にはかかわっていない、でした。
鍛えて右脳が強くなったかを測った研究は、7件の中にゼロです。
国語辞典の「右脳」の項目も、ひらきました。
右脳は、大脳半球の右側の通称で、左半身を制御する。
図形や音楽の認識にかかわる、という説明は「〜ともいわれる」の補説だけでした。
市販の教材が根拠にしている論文そのものには、たどり着けていません。だから、教材が嘘だとは書きません。
書けるのは、そこまで。
そもそも「右脳が弱い人」はいるのか
右脳を鍛える、ということばは、「右脳が弱い人がいる」という想定の上に立っています。
その想定に、根拠が、ないのです。
脳の左右のかたよりは、部位ごとにあります。ただし、人ぜんたいが右寄り・左寄りになる型は、データに出てきません。
数字は、右脳と左脳の違いと右脳・左脳診断は当たるのかにならべました。
右脳が弱い人は、データの側にはいません。
それでも、この話はきえません。
2012年に、脳科学に関心のある教師にきいた調査があります。脳の知識が多い教師ほど、神経神話も信じやすい、という結果でした。
脳の知識を足しても、神経神話は、きえないのです。
脳トレは、やった課題にしか効かない
では、右脳ということばを外して、脳を鍛える訓練そのものは効くのか。
いちばん大きな実験が、2010年にあります。
11,430人が、6週間、週に数回、オンラインで課題を訓練しました。推論、記憶、計画、視空間、注意の課題です。
やった課題は、ぜんぶ上達しました。
ただし、やっていない課題には、なにも移りませんでした。認知的に近い課題でも、移らなかった。
上達は、そこまでです。
2016年には、脳トレ企業が根拠にした論文を点検した報告がでました。
結論は、こうです。
やった課題は、上達する。
近い課題への効果は、それより少ない。
遠い課題と、日常の認知機能がよくなる証拠は、ほとんどない。
しかも、どの研究も、いちばんいい設計の基準を満たしていませんでした。
遠くへは、移らない
別の角度から数えた研究も、あります。
2016年に、ワーキングメモリの訓練の研究87報、145の比較をまとめた分析がでています。
訓練の直後、近い課題は伸びました。ことばのワーキングメモリと、視空間のワーキングメモリです。
でも、知能、読解、算数への「遠い転移」は、対照群とくらべて、信頼できる改善がありませんでした。
ワーキングメモリがどれだけ伸びたかと、遠い転移の大きさにも、関連はありませんでした。
2017年には、チェス、音楽、ワーキングメモリ訓練の3つのメタ分析をならべた論文がでています。
効果の大きさは、実験の質が高いほど小さくなっていました。
結論は、遠い転移はめったに起きない、でした。
右脳を鍛えて、仕事や発想がよくなる。その道は、数えたかぎり、つながっていません。
変わるのは、使った部分だけ
脳がかわらない、という話ではありません。
2004年に、ジャグリングをおぼえた成人の脳をMRIで追った研究があります。かわったのは、複雑な視覚の動きを処理して保存する領域だけ。
一時的で、選択的な変化。
2000年には、ロンドンのタクシー運転手の脳をしらべた研究があります。運転手は対照群より、海馬の後ろの部分が大きかった。その大きさは、運転手歴の長さと相関していました。
ただし、前のほうの海馬は逆で、対照群のほうが大きかった。
増えたというより、配分がちがっていたのです。
かわったのは、どちらの研究でも局所でした。
論文はこう書いています。健康な成人の脳は、環境の求めに応じて、局所的に構造がかわる。
かわるのは、いつも、つづけた対象そのものに対応する部分だけです。
練習も、万能ではない
練習を持ち上げすぎない数字も、あります。
2014年の分析では、「意図的な練習」がパフォーマンスの差を説明する割合は、ゲームで24%、音楽で23%、スポーツで20%、教育で5%、職業では1%でした。
この5つは、2018年の正誤表で置きかわったあとの値です。
練習は大事だが、いわれてきたほどではない。それが、この分析の結論。
ただし、この数字はぜんぶ、対象そのものを練習したときの数字です。
間接的に鍛える発想には、数字がありません。測った研究が、ないのです。
今日の話をまとめると
右脳を鍛える訓練で右脳が強くなった、としめした査読つきの論文は、みつかっていません。
11,430人が6週間鍛えても、上達はやった課題の外へ移りませんでした。87報をあつめても、遠い転移はでませんでした。
脳がかわっていたのは、ジャグリングをつづけた人の、ジャグリングのところ。道を走りつづけた人の、道をおぼえるところです。
だから、右脳ではないのです。鍛える場所は、うまくなりたいことそのものです。
今夜、3分だけ使ってください。うまくなりたいことを、ひとつだけ書き出す。
海馬の後ろの大きさと釣り合っていたのは、運転手歴の長さでした。
やった課題だけが上達する、という同じ形の話は、速読は意味ないのかでもでてきます。
だれが書いているのかは、プロフィールに置いてあります。





