能力開発の本を買って、3日でやめた人。会社の研修がおわって、なにが身についたのかわからないまま席にもどった人。
僕は、どちらもやったことがあります。
先に結論を書きます。能力開発とは、もっている力を見つけて、そこをさらに高めることです。法律の上では「職業に必要な能力」を伸ばすことをさし、それを自分でやると「自己啓発」とよばれます。
ここまでは、辞書と法律の話です。
では、なにをどう伸ばせば、じっさいにのびるのか? そこは、研究のほうがこたえをもっています。
順番に書きます。
辞書と法律では、こう決まっている
まず、ことばの出どころからです。
百科事典では、能力開発は「各自のもっている能力を発見し、その能力をより一層高めること」とされています。1960年代に広まったことばです。
背景は、技術革新と経済成長です。同じ事典は、能力開発が国の人材政策の一環として強調されてきた、とも書いています。
はじめから、国の側のことばです。
法律にも、あります。職業能力開発促進法という、昭和44年の法律です。
そこでは「職業能力」を「職業に必要な労働者の能力」と決めています。そして第三条の三で、労働者は自分で職業生活の設計をして、自発的に能力の開発と向上につとめる、と書いてある。
法律のことばです。
能力開発を会社がやるのが「OFF-JT」。業務命令で、ふだんの仕事をはなれてやる研修のことです。
能力開発を自分でやるのが「自己啓発」。国の調査では、職業にかかわる力を自発的にのばす活動をさし、趣味や健康づくりははいりません。
会社が出す研修と、国が決めた努力義務。ことばは、その両方から来ています。
ここで、ひとつ線が引けます。
能力開発は「頭をよくすること」ではなく、「仕事に必要な力」を伸ばすことです。ぜんぶを底上げする話ではないんですよね。
やっている人は36.8%。壁は「時間」
では、どれくらいの人がやっているのか。
厚生労働省の令和6年度調査(令和5年度の実績)では、自己啓発をやった労働者は全体の36.8%でした。正社員で45.3%、正社員以外で15.8%です。
つまり、3人に1人です。
そして、自己啓発をやる上でなにか問題があるとこたえた人は79.2%。8割です。
問題があるとこたえた正社員のうち、いちばんおおかったのは「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」で55.9%でした。
壁は、時間でした。
やり方も、みておきます。正社員でいちばんおおいのはeラーニングで44.1%。次が、ラジオ・テレビ・専門書での自学、自習で39.4%です。
つまり、ひとりです。
むかっている先は、画面か本でした。
会社の側も、らくではありません。同じ調査で、能力開発や人材育成に問題があるとした事業所は79.9%。その事業所のうち、いちばんおおかったのは「指導する人材が不足している」で59.5%でした。
会社の側は、教える人がいない。働く側は、時間がない。
どちらも足りていない——あなたの根気ではなく、そこが理由です。
「頭を鍛える」は、鍛えた課題にしか効かない
時間がないなら、短い時間で頭ぜんたいをよくするやり方がほしくなる。脳トレのような、汎用の訓練です。
2016年に、脳トレの研究を集めて評価した総説がでました。
証拠の量は、3段になっていました。訓練した課題があがる証拠は、おおい。それに近い課題への証拠は、ぐっとすくない。遠い課題と、ふだんの頭のはたらきについては、ほとんど無い。
遠ざかるほど、証拠は減ります。
その総説がとりあげた研究は、どれも、日常への効果を言い切る条件を、満たしきっていませんでした。
まだ、途中です。
伸びるのは、訓練した課題だけです。
脳トレそのものの検証は、右脳を鍛えるにならべました。
ここが、能力開発のもうひとつの線です。頭ぜんたいを鍛える道具は、まだみつかっていない。
伸びるのは「意図的練習」。ただし、言われてきたほどではない
では、なにがのばすのか。
1993年の論文が、ひとつのこたえをだしています。ベルリンの音楽アカデミーのバイオリニストをしらべて、専門家の腕は生まれつきの才能ではなく、改善を目的に設計された練習の結果だ、と論じました。
この練習を、意図的練習といいます。
論文が言っているのは、2つです。専門家になるまでに、最低10年かかること。そのあいだの意図的練習が、1万時間を超えること。
「1万時間の法則」という言い方は、論文の中にはありません。
あとから付いた名前です。
そして2014年、意図的練習がどれくらい効くのかを、分野ごとにまとめ直した分析がでました。
意図的練習が成績のばらつきを説明する割合は、ゲームで24%、音楽で23%、スポーツで20%、教育で5%。そして職業では1%で、差があるとは言えませんでした。
分野をまぜた全体では、14%です。
小さい数字です。
伸びるのは、意図的練習。ただし仕事の領域では、練習の量だけでは差のほとんどを説明できない。
練習の量では、足りない。
なら、中身のほうをみるしかない。
読み返すより、思い出す。まとめてより、間隔をあけて
中身を測った研究があります。
2013年、10の学習法を、年齢や課題をまたいで効くかどうかで評価したレビューです。
高評価は2つだけでした。「思い出す練習」と「間隔をあけた練習」です。
たった2つです。
中評価が3つ。低評価が5つ。
低評価の5つは、読み返し、マーカー引き、要約、キーワードを使った記憶術、イメージ法でした。安定して効かないので、思い出す練習におきかえるべきだ、と書かれている。
読み返しとマーカー引きに、おおくの人がたよっています。
よく見るやり方です。
ここで、さっきの調査にもどります。
自己啓発の方法は、eラーニングが44.1%、本での自学、自習が39.4%でした。あなたがやっているのが読み返しなら、それは低評価の側です。
変えるのは時間の量ではなく、資料を閉じて思い出すかどうかです。
量ではないのです。
今日の話をまとめると
能力開発とは、もっている力を見つけて、仕事に必要な力として高めることです。
やっている人は36.8%。8割が壁を挙げていて、いちばん大きい壁は時間でした。
汎用の脳トレは、やった課題にしか効かない。のびるのは、意図的練習と、読み返すのではなく思い出す練習です。
頭ぜんたいを磨くのではなく、明日つかう刃を、一本だけ研ぐ。
今夜、3分だけ使ってください。明日の仕事の中から、直したいところを一点だけえらんで、紙に1行で書く。
その1行が、意図的練習のはじまりです。
はやく読む話の線引きは、速読は意味ないのかに書きました。
この書き方をしているわけは、プロフィールにまとめました。





