能力開発とは|法律の定義と、36.8%しかやっていない理由と、伸びる練習の型

能力開発とは|法律の定義と、36.8%しかやっていない理由と、伸びる練習の型

能力開発とは、頭ぜんたいを磨くことではない。仕事の刃を一本だけ選んで、研ぐこと。
能力開発とは、頭ぜんたいを磨くことではない。仕事の刃を一本だけ選んで、研ぐこと。

能力開発の本を買って、3日でやめた人。会社の研修がおわって、なにが身についたのかわからないまま席にもどった人。

僕は、どちらもやったことがあります。

先に結論を書きます。能力開発とは、もっている力を見つけて、そこをさらに高めることです。法律の上では「職業に必要な能力」を伸ばすことをさし、それを自分でやると「自己啓発」とよばれます。

ここまでは、辞書と法律の話です。

では、なにをどう伸ばせば、じっさいにのびるのか? そこは、研究のほうがこたえをもっています。

順番に書きます。

辞書と法律では、こう決まっている

まず、ことばの出どころからです。

百科事典(1960年代に広まった)各自のもっている能力を発見し、その能力をより一層高めること職業能力開発促進法(昭和44年)職業に必要な労働者の能力を、労働者が自発的に開発・向上させる国の調査用語会社がやればOFF-JT、自分でやれば自己啓発趣味・健康づくりは自己啓発に含まれない
能力開発の定義は3か所にある。どれも「職業に必要な力」を伸ばす話で、頭ぜんたいを底上げする話ではない。

百科事典では、能力開発は「各自のもっている能力を発見し、その能力をより一層高めること」とされています。1960年代に広まったことばです。

背景は、技術革新と経済成長です。同じ事典は、能力開発が国の人材政策の一環として強調されてきた、とも書いています。

はじめから、国の側のことばです。

法律にも、あります。職業能力開発促進法という、昭和44年の法律です。

そこでは「職業能力」を「職業に必要な労働者の能力」と決めています。そして第三条の三で、労働者は自分で職業生活の設計をして、自発的に能力の開発と向上につとめる、と書いてある。

法律のことばです。

能力開発を会社がやるのが「OFF-JT」。業務命令で、ふだんの仕事をはなれてやる研修のことです。

能力開発を自分でやるのが「自己啓発」。国の調査では、職業にかかわる力を自発的にのばす活動をさし、趣味や健康づくりははいりません。

会社が出す研修と、国が決めた努力義務。ことばは、その両方から来ています。

ここで、ひとつ線が引けます。

能力開発は「頭をよくすること」ではなく、「仕事に必要な力」を伸ばすことです。ぜんぶを底上げする話ではないんですよね。

やっている人は36.8%。壁は「時間」

では、どれくらいの人がやっているのか。

労働者ぜんたい36.8%正社員の実施率45.3%正社員以外の実施率15.8%自己啓発をやる上で問題があるとこたえた人は79.2%。出典: 厚生労働省令和6年度 能力開発基本調査(令和5年度の実績)
自己啓発をやった労働者は3人に1人。正社員と正社員以外では、実施率がおおきくちがう。

厚生労働省の令和6年度調査(令和5年度の実績)では、自己啓発をやった労働者は全体の36.8%でした。正社員で45.3%、正社員以外で15.8%です。

つまり、3人に1人です。

そして、自己啓発をやる上でなにか問題があるとこたえた人は79.2%。8割です。

問題があるとこたえた正社員のうち、いちばんおおかったのは「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」で55.9%でした。

壁は、時間でした。

やり方も、みておきます。正社員でいちばんおおいのはeラーニングで44.1%。次が、ラジオ・テレビ・専門書での自学、自習で39.4%です。

つまり、ひとりです。

むかっている先は、画面か本でした。

会社の側も、らくではありません。同じ調査で、能力開発や人材育成に問題があるとした事業所は79.9%。その事業所のうち、いちばんおおかったのは「指導する人材が不足している」で59.5%でした。

会社の側は、教える人がいない。働く側は、時間がない。

どちらも足りていない——あなたの根気ではなく、そこが理由です。

「頭を鍛える」は、鍛えた課題にしか効かない

時間がないなら、短い時間で頭ぜんたいをよくするやり方がほしくなる。脳トレのような、汎用の訓練です。

訓練した課題あがる証拠は、おおい近い課題証拠は、ぐっとすくない遠い課題・ふだんの頭のはたらき証拠は、ほとんど無い訓練した課題あがる証拠は、おおい近い課題証拠は、ぐっとすくない遠い課題・ふだんの頭のはたらき証拠は、ほとんど無い
訓練した課題から遠ざかるほど、証拠は減る。出典: Simons et al. 2016(脳トレ研究の総説)。

2016年に、脳トレの研究を集めて評価した総説がでました。

証拠の量は、3段になっていました。訓練した課題があがる証拠は、おおい。それに近い課題への証拠は、ぐっとすくない。遠い課題と、ふだんの頭のはたらきについては、ほとんど無い。

遠ざかるほど、証拠は減ります。

その総説がとりあげた研究は、どれも、日常への効果を言い切る条件を、満たしきっていませんでした。

まだ、途中です。

伸びるのは、訓練した課題だけです。

脳トレそのものの検証は、右脳を鍛えるにならべました。

ここが、能力開発のもうひとつの線です。頭ぜんたいを鍛える道具は、まだみつかっていない。

伸びるのは「意図的練習」。ただし、言われてきたほどではない

では、なにがのばすのか。

ゲーム24%音楽23%スポーツ20%職業1%(差があるとは言えない)全体は14%、教育は5%。出典: Macnamara et al.2014/同 Corrigendum 2018(訂正後の値)
意図的練習が成績の差を説明する割合。ゲームでは4分の1、職業では1%で、差があるとは言えなかった。

1993年の論文が、ひとつのこたえをだしています。ベルリンの音楽アカデミーのバイオリニストをしらべて、専門家の腕は生まれつきの才能ではなく、改善を目的に設計された練習の結果だ、と論じました。

この練習を、意図的練習といいます。

論文が言っているのは、2つです。専門家になるまでに、最低10年かかること。そのあいだの意図的練習が、1万時間を超えること。

「1万時間の法則」という言い方は、論文の中にはありません。

あとから付いた名前です。

そして2014年、意図的練習がどれくらい効くのかを、分野ごとにまとめ直した分析がでました。

意図的練習が成績のばらつきを説明する割合は、ゲームで24%、音楽で23%、スポーツで20%、教育で5%。そして職業では1%で、差があるとは言えませんでした。

分野をまぜた全体では、14%です。

小さい数字です。

伸びるのは、意図的練習。ただし仕事の領域では、練習の量だけでは差のほとんどを説明できない。

練習の量では、足りない。

なら、中身のほうをみるしかない。

読み返すより、思い出す。まとめてより、間隔をあけて

中身を測った研究があります。

高評価(2つ)思い出す練習間隔をあけた練習低評価(5つ)読み返しマーカー引き要約キーワードを使った記憶術イメージ法高評価(2つ)思い出す練習間隔をあけた練習低評価(5つ)読み返しマーカー引き要約キーワードを使った記憶術イメージ法
10の学習法のうち、高評価は2つだけ。多くの人が頼っている読み返しとマーカー引きは、低評価の側に入っている。

2013年、10の学習法を、年齢や課題をまたいで効くかどうかで評価したレビューです。

高評価は2つだけでした。「思い出す練習」と「間隔をあけた練習」です。

たった2つです。

中評価が3つ。低評価が5つ。

低評価の5つは、読み返し、マーカー引き、要約、キーワードを使った記憶術、イメージ法でした。安定して効かないので、思い出す練習におきかえるべきだ、と書かれている。

読み返しとマーカー引きに、おおくの人がたよっています。

よく見るやり方です。

ここで、さっきの調査にもどります。

自己啓発の方法は、eラーニングが44.1%、本での自学、自習が39.4%でした。あなたがやっているのが読み返しなら、それは低評価の側です。

変えるのは時間の量ではなく、資料を閉じて思い出すかどうかです。

量ではないのです。

今日の話をまとめると

能力開発とは、もっている力を見つけて、仕事に必要な力として高めることです。

頭ぜんたいを鍛える脳トレや読み返し。やった課題の外には移らず、時間だけが減る一点に絞って、決める明日の仕事から、直したいところを一点えらんで、紙に1行で書く頭ぜんたいを鍛える脳トレや読み返し。やった課題の外には移らず、時間だけが減る一点に絞って、決める明日の仕事から、直したいところを一点えらんで、紙に1行で書く
この記事の着地。頭ぜんたいを鍛えるのではなく、仕事の一点に絞って、直したいところを決める。

やっている人は36.8%。8割が壁を挙げていて、いちばん大きい壁は時間でした。

汎用の脳トレは、やった課題にしか効かない。のびるのは、意図的練習と、読み返すのではなく思い出す練習です。

頭ぜんたいを磨くのではなく、明日つかう刃を、一本だけ研ぐ。

今夜、3分だけ使ってください。明日の仕事の中から、直したいところを一点だけえらんで、紙に1行で書く。

その1行が、意図的練習のはじまりです。

はやく読む話の線引きは、速読は意味ないのかに書きました。

この書き方をしているわけは、プロフィールにまとめました。

出典・参考文献

  1. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「能力開発」. コトバンク.
  2. 職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号)第二条第二項・第三条の三. e-Gov法令検索.
  3. 厚生労働省. 令和6年度「能力開発基本調査」用語の説明. 2025.
  4. 厚生労働省. 令和6年度「能力開発基本調査」調査結果の概要(参考1)2 事業所調査(2)人材育成について/3 個人調査(3)自己啓発について. 2025.
  5. 厚生労働省. 令和6年度「能力開発基本調査」の結果を公表します(報道発表)【事業所調査】2・【個人調査】2. 2025.
  6. Simons DJ, Boot WR, Charness N, Gathercole SE, Chabris CF, Hambrick DZ, Stine-Morrow EAL. Do "Brain-Training" Programs Work? Psychological Science in the Public Interest 2016;17(3):103-186.
  7. Ericsson KA, Krampe RT, Tesch-Römer C. The role of deliberate practice in the acquisition of expert performance. Psychological Review 1993;100(3):363-406.
  8. Macnamara BN, Hambrick DZ, Oswald FL. Deliberate practice and performance in music, games, sports, education, and professions: a meta-analysis. Psychological Science 2014;25(8):1608-1618.
  9. Macnamara BN, Hambrick DZ, Oswald FL. Corrigendum: Deliberate practice and performance in music, games, sports, education, and professions: a meta-analysis. Psychological Science 2018;29(7):1202-1204.(この記事の分野別の数字と全体の14%は、こちらの訂正後の値)
  10. Dunlosky J, Rawson KA, Marsh EJ, Nathan MJ, Willingham DT. Improving Students' Learning With Effective Learning Techniques. Psychological Science in the Public Interest 2013;14(1):4-58.

調査の数字は、厚生労働省の報道発表と「調査結果の概要」PDFを開いて確認しました。研究の数字は各論文の要旨と本文から取っています。2014年のメタ分析だけは要旨の値が古いので、2018年の正誤表(Psychological Science 29(7):1202-1204)の訂正後の値を使っています。

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