速読の教室のページに「科学的根拠あり」と書いてあるのを、見たことがある人。
その根拠が何をさしているのか、たどろうとして止まった人。
僕も、そこで止まった。
先に結論を書きます。速読に根拠はあります。ただし、そのほとんどが、いちばん下の段に置かれています。
根拠には、強さの段があります。下から順に、アンケート、比べる相手のない前後くらべ、比べる相手を置いた実験、その実験を束ねたレビュー。
上の段ほど、書き手の思いこみが混ざりにくくなります。
日本語の速読の根拠が、どの段に置かれているのか。上から順にたどりました。
順番に書きます。
日本語でたどれる速読研究は、49件しかない
J-STAGE は、科学技術振興機構の論文サイトです。
ここで「速読」を検索すると、79件が出ます。
ただし、うち25件は「高速読み出し」「高速読み取り」でした。半導体や検出器の工学論文で、読みの速さの話ではありません。
さらに5件は、題に「速読」の語がなく、本文やキーワードで引っかかったものでした。ひらがなの音読や、読解の指導の研究です。
外した30件を引くと、題に「速読」を持つのは49件。
多くありません。
しかも、うち15件は英語を速く読む訓練の研究で、日本語を速く読む話ではありません。
たどったのは、J-STAGE だけです。ほかのデータベースは開いていません。
そして、査読誌で「速読は有益か」と題にした2015年の論文は、効果ではなくニーズの調査でした。
はたらく人291名に、速読のイメージを5点満点で聞いています。不信感が2.93、有益性が3.52、興味が2.68。
読む速さを何倍にしたいかも、あわせて聞いていて、期待する倍率が高い人ほど、不信感は低く、有益性と興味は高い。相関は、それぞれ -0.19、0.32、0.23 です。
同じ著者の2010年の調査では、かかるコストが効果に比例するとしたら、読む速さを何倍にしたいか、と大学生に聞いています。
いちばん多かった答え。
2倍まででした。
いちばん下の段にあるもの
教材と協会が出しているものを、同じ物差しに乗せます。
全国6,000教室で開講している速読講座(2025年3月時点)。効果の根拠として出ているのは、受講者へのアンケートだけです。
成果実感92%。受講1年後、回答数23,640、2019年11月。
査読論文のなまえも、大学名も、学会名も、ありません。「脳科学に基づいた」とは書いてありますが、参照文献はついていない。
別のページには、脳科学者の推薦名と特許番号(特許第5926650号)があります。ただしどちらも、効果をたしかめた研究ではありません。
調べ方も公開されていないので、だれにどう聞いたのかは、たどれない。
もう一社。「日・米・中で特許取得」をかかげている講座です。
こちらの根拠も自社アンケートで、2015年から2024年の体験者に聞いたもの。のべ100万人以上が実践、とも。
ただし、特許番号と取得年は書かれていません。
だから、特許があるかどうかは言えません。書いていない、とだけ書いておきます。
かかげている数字は、日本人の平均が分速500文字。その講座の技術を身につけると、分速3000文字。
ただし、日本語の小説で実測した2012年の研究では、訓練していない成人14名が1分あたり1,236.6字でした。平均500文字という前提が、もう合っていない。
体験者の例では、分速1300文字から分速24000文字へ。
ここが、第1段です。
その一段上、比べる相手のない前後くらべ
いちばん人数の多い報告をひらきました。
1998年に人間工学会の大会で出たもので、成人516名分。2日間で、実質およそ17時間。
読書速度の倍率は、平均17.8倍。受講者の76%が10倍に達した、とあります。
ただし、全2ページの大会講演集です。
比べる相手が、いません。
測っているのは読書速度と、知的機能と名づけられた指標です。本文に「理解」の語は、いちども出てきません。
もう1本、査読誌にのったものがあります。小学生37名に、ウェブ上の10分間の練習を10回やらせた研究です。
理解力を落とさずに、1分あたり400文字以上多く読めるようになった、と報告されています。
だいじなのは、著者じしんの一行のほうです。
比べる相手が、いなかった。だから、理解度テストの正答率が変わらなかった理由として、テストをくり返したことによる得点の向上という可能性を否定できない。
そう、本文にあります。
書いた本人が、いちばん正直に段を申告しています。
同じ論文は、日本語を読むときの目の動きの数値も引いています。
人がいちどに読める文字のかたまりは、2〜5文字。ふつうは3〜4文字。ひとつのかたまりで目が止まる時間は150〜500ミリ秒で、たいはんは200〜300ミリ秒。
ここは実験ではなく、引用です。1993年に出た眼球運動の本からで、原典のほうは開けていません。
読む速さが上がるのは、目が止まる時間がみじかくなるからではなく、止まる回数が減るからであることが多い、ともあります。こちらの出どころは、1919年と1935年の報告でした。
比べる相手を置いた実験でわかっていること
ここからが、第3段です。
周辺の視野で次の語を先読みできることは、境界法という比べる相手を置いたやり方で、くり返し確かめられています。
ただし、そこで浮く時間は、次の1語あたり20〜50ミリ秒。
それだけです。
どこまで先読みできるのかは、2012年のレビューがまとめています。意味までとどくかは、いまも割れている。
読む力の高い人と、ふつうの人の目の動かし方をくらべた実験もあります。
差が出たのは、文脈が強く効く場面でした。
目の性能ではなく、言葉を処理する側の差でした。
目の差では、ない。
上の2段は、速読と逆を向いている
ここから、話は逆を向きます。
目の動きを、まるごと取りのぞく実験があります。1語ずつ、画面の同じ位置に出すやり方です。
目を動かす必要が、ない。
13人に音読させると、ふつうのページ読みが303語/分。1語ずつ出すやり方では、1,171語/分でした。
黙読させた実験のほうでは、13人のうち6人が、はかれる上限の1,652語/分で読み、内容についての選択問題の正答率も75%以上をたもっています。
ただし、読み返しはできません。短い文章での話です。
研究者の結論は、こうです。目が次へ飛ぶことを計画して実行することが、ふつうの読書速度に上限を課している。
つまり——目の動きは、読む速さの原因ではありません。上限をつくっている側です。
ここまでが、第3段でいちばん強い1本になります。
第4段のレビューも、同じ向きでした。1998年に20年ぶんの研究をまとめたもので、目の動きのデータは、その瞬間その瞬間の頭のはたらきを映している、と書いています。
目は、結果のほうでした。
今日の話をまとめると
速読に、科学的根拠はあります。
ただし、段が低い。
J-STAGE でたどれる研究は49件。いちばん人数の多い報告には比べる相手がなく、査読誌にのったものは著者じしんが限界を書いていた。
教材と協会が出しているのは、アンケートです。92%も、分速24000文字も、いちばん下の段に乗っている。
速読の鍛え方の根拠は、いちばん下の段にしか無いままでした。
今夜、3分だけ使ってください。気になる速読教材のページをひらいて、「根拠」と書いてあるところが、どの段なのかをひとつだけ確かめる。
段がわかれば、その数字をどこまで信じるかも決まります。
速さと理解のひきかえの数字は、速読は意味ないのかに置きました。
読む時間の配り方から変えたい人は、速読のやり方を読んでみてください。
僕がなぜ出典を出しながら書いているのかは、プロフィールにあります。





