アファメーションは嘘なのか|1922年の原典に書かれていた20回という手順

アファメーションは嘘なのか|1922年の原典に書かれていた20回という手順

元の手順は、意志を脇へ置き、単調な声で、20の結び目がついた紐を数えて20回。いま残っているのは、そこから落ちた形のほう。
元の手順は、意志を脇へ置き、単調な声で、20の結び目がついた紐を数えて20回。いま残っているのは、そこから落ちた形のほう。

毎朝、鏡の前で言葉を唱えて半年。手ごたえが、まだ一度もない。

調べてみると、効くと書いてあるページも、嘘だと書いてあるページも出てきます。両方です。

先に結論を書きます。嘘なのは方法そのものではなく、いま配られている手順が、元の手順と同じものだという前提のほうです。

元の手順は、いま配られている手順と、ほとんど逆でした。

順番に書きます。

1922年の原典は、紐の結び目を数えろと書いている

アファメーションの出どころをたどると、フランスの薬剤師エミール・クーエの本に行き着きます。1922年に英語で出た『Self Mastery Through Conscious Autosuggestion』です。

朝目が覚めて、起き上がる前に夜床に入ったら、すぐに20回20の結び目がついた紐で、単調な声で朝目が覚めて、起き上がる前に夜床に入ったら、すぐに20回20の結び目がついた紐で、単調な声で
1922年の原典が指定している手順。時間帯も、声の出し方も、数え方も決まっている。

書いてある文句は、ひとつだけ。

Every day, in every respect, I am getting better and better.

拙訳すると「毎日、あらゆる面で、わたしはますますよくなっていく」。

問題は、そのあとに続く指示のほうです。

朝、目が覚めて起き上がる前に。夜、床に入ったらすぐに。

目を閉じて、単調な声で、20の結び目がついた紐で数えながら、20回くり返す。

……紐です。

回数も、数える道具も、時間帯も、クーエ本人が指定しています。

抑揚は、いりません。単調な声で、と書いてあります。

ただし、気持ちを抜けとは書いていません。原典が外せと言っているのは、力みのほうです。

確信と信は、要ります。

原典は「意志は完全に脇へ置け」と書いていた

いま配られている手順は、願いを強く思い描けと言います。

第1の法則意志と想像力が対立すると、勝つのはつねに想像力だから意志を鍛えよとすすめるのは、重大な間違いだと書く手順に落とすと努力なしで。意志のほうは、完全に脇へ置く1920年のバドゥアンは、これを逆転した努力の法則と呼んだ
原典の理屈。法則が先にあり、そこから手順が降りてくる。

原典は、その反対でした。

クーエは自分の結論を4つの法則にまとめ、その第1にこう置いています。

意志と想像力が対立するとき、勝つのはつねに想像力であり、例外はない。

意志を鍛えよとすすめるのは重大な間違いだ、とも書いています。

弟子が書き取ったという箴言のほうには、もっと短く出てきます。よい暗示をするには、努力なしでやることが絶対に必要だ。努力とは意志を使うことだから、意志は完全に脇へ置け。

そう書いてあります。

同じ本には、クーエの方法を紹介した別の書き手の文章も入っています。そちらには、こうあります。

唱えているあいだ、何も特別なことを思い浮かべてはいけない。自分の病気のことも、悩みのことも。

クーエの方法を理論にまとめたバドゥアンは、1920年の本でこれを「逆転した努力の法則」として定式化しています。この法則を見つけたのはクーエだが、名前は付けなかった、とバドゥアンは書いています。

ある考えが心を占めているとき、それに逆らおうとする意識的な努力は、効かないどころか、かえってその考えを強める。

英訳版の訳者は、序文でこの本の骨をこうまとめました。合言葉は「意志する者はできる」ではなく、「考える者はできる」「想像する者はできる」だ、と。

つまり元の手順は、気合いを入れないための道具でした。

いま配られている手順は、その正反対です。

入れ替わりは、ここです。

効かない人は3%だと、原典が先に決めていた

いちばん引っかかったのは、ここです。

2種類効かないと認めた相手理解できない人と、理解しようとしない人3%それが占めるとされた割合だから失敗はありえない、と原典は書く出典: 1922年の原典本文(クーエ本人が書いた部分)2種類効かないと認めた相手理解できない人と、理解しようとしない人3%それが占めるとされた割合だから失敗はありえない、と原典は書く出典: 1922年の原典本文(クーエ本人が書いた部分)
効かなかった理由を、原典はあらかじめ受け取る側に置いている。

原典は、この方法が効かない相手を2種類しか認めていません。

言われたことを理解できない人と、理解しようとしない人。

この2つは全体のわずか3パーセントにすぎないので、自分の方法に従えば失敗はありえない、と書いてあります。

効かなかったとき、原因は方法ではなく、受け取った側にある。

先に、決めてあります。

やり方が足りない。信じ方が足りない。

——その言い方の出どころは、ここです。

1923年に日本語で出て、1924年に医学誌が突き放した

原典は、この方法で臓器の病変まで治ると書いています。どの臓器が悪いか知らなくても、無意識が自分で選んで働きかける、と。

1920バドゥアンが「逆転した努力の法則」として定式化する1922原典。20回・紐・意志は完全に脇へ置け1923日本語訳。ただし本人の本ではなく、英国人の紹介書1924米国の一誌が「これで終わりだ」と結ぶ1920バドゥアンが「逆転した努力の法則」として定式化する1922原典。20回・紐・意志は完全に脇へ置け1923日本語訳。ただし本人の本ではなく、英国人の紹介書1924米国の一誌が「これで終わりだ」と結ぶ
定式化から、日本語訳、そして米国の一誌が突き放すまで。ここまでが4年。

医療の主張として、世に出ています。

日本語訳は、その翌年に出ています。

1923年、『クーエ式自己暗示法』。日本精神医学会から、232ページ。「通俗精神医学叢書」の第2編でした。

ただし、訳されたのはクーエ本人の本ではありません。英国人ブルックスが書いた紹介書のほうです。

日本語になった最初の本は、この紹介書でした。

一方、米国の一誌は、こう突き放しました。

1924年、California and Western Medicine の論説が、クーエの新聞インタビューを引きました。引かれたのは、この一言です。

頭が悪い人ほど、自分の理論をすぐ飲み込む。クーエ本人の発言です。

サンフランシスコに着いた日の、エグザミナー紙のモリー・メリックによる取材です。論説は続けて、「間抜けな人」「無自覚な人」「知的にゼロの人」ほど恩恵を受けやすいとクーエが語った、と書いています。

そして、こう結んでいます。我々の関知するかぎり、クーエについてはこれで終わりだ、と。

効かないのは理解できない人だ、と本には書いてありました。理解は要らない、と新聞では語っています。

噛み合っていません。

1988年、同じ名前で別のものが体系になった

アファメーションの科学的根拠をいま検索すると、心理学の研究が並びます。

クーエの系統(1922年)文句を1日2回、20回くり返す意志を脇へ置き、想像に任せる医療の主張として世に出たスティールの系統(1983-1988年)唱える文句のことではない大事にしている価値のほうを扱う心理学の実験の枠組みクーエの系統(1922年)文句を1日2回、20回くり返す意志を脇へ置き、想像に任せる医療の主張として世に出たスティールの系統(1983-1988年)唱える文句のことではない大事にしている価値のほうを扱う心理学の実験の枠組み
同じカタカナで呼ばれている2つ。出てきた場所も、扱うものも違う。

ただ、そこで挙がるものの多くは、別の系統です。

出自が、違います。

心理学の側で self-affirmation が理論としてまとめられたのは1988年。スティールが、自己の統合性を保つ枠組みとして提唱したものでした。語そのものは、1983年のスティールの論文の題名にすでに入っています。

唱える文句のことではありません。自分が大事にしている価値のほうを扱う枠組みです。

唱える型を実験で調べた2009年の論文は、効くと信じられてきただけで実証はされていない、というところから始まります。その中身はアファメーションは効果ないのかに置きました。型がふたつある話も、そちらの担当です。

嘘だ、本当だ、が噛み合わないのは、たいていここです。

今日の話をまとめると

アファメーションが嘘なのではありません。

いま配られている手順強く念じる鮮明に思い描く意志を込める元の手順(1922年)単調な声で20回20の結び目がついた紐で数える意志は完全に脇へ置くいま配られている手順強く念じる鮮明に思い描く意志を込める元の手順(1922年)単調な声で20回20の結び目がついた紐で数える意志は完全に脇へ置く
この記事の着地。落ちたのは手順のほうで、残ったのは構えのほうだった。

1922年の原典が指示していたのは、意志を脇へ置くこと、単調な声で、20の結び目がついた紐を数えて20回くり返すこと。

いま配られている手順は、強く念じること、鮮明に思い描くこと、意志を込めること。

落ちたのは手順のほうで、残ったのは「効かないのは受け取る側だ」という3パーセントの構えのほうでした。

入れ替わったのは、手順の中身のほうです。

今夜、3分だけ使ってください。いま自分が唱えている文を紙に書き出して、そこに意志が入っているかどうかだけ見る。

「〜になってやる」と書いてあったなら、それは元の手順ではありません。

書く型のほうの数字は、アファメーションの科学的根拠にまとめました。

僕がなぜ原典まで開くのかは、プロフィールに置いてあります。

出典・参考文献

  1. Coué É. Self Mastery Through Conscious Autosuggestion. New York: American Library Service, 1922.(Project Gutenberg eBook #27203 の全文で確認。クーエ本人の文章と、他の書き手の寄稿9篇を収めた合本)
  2. Baudouin C. Suggestion and Autosuggestion: A Psychological and Pedagogical Study Based upon the Investigations Made by the New Nancy School. London: George Allen & Unwin, 1920.(Eden and Cedar Paul 英訳・訳者序文を含む)
  3. Brooks CH. The Practice of Autosuggestion by the Method of Emile Coué. 1922.(1923年の日本語訳の原著)
  4. ハーリー・ブルツクス 著, 変態心理編輯部 訳『クーエ式自己暗示法』日本精神医学会, 大正12年(1923), 232p.(通俗精神医学叢書 第2編・NDL書誌ID 000000588234)
  5. COUÉ.〔論説〕California and Western Medicine 1924;22(4):164.
  6. Steele CM, Liu TJ. Dissonance processes as self-affirmation. J Pers Soc Psychol 1983;45(1):5-19.
  7. Steele CM. The Psychology of Self-Affirmation: Sustaining the Integrity of the Self. Advances in Experimental Social Psychology 1988;21:261-302.
  8. Wood JV, Perunovic WQ, Lee JW. Positive self-statements: power for some, peril for others. Psychol Sci 2009;20(7):860-866.

1922年の原典と1920年のバドゥアンの本と1924年の論説は、全文を開いて引用箇所を確認しています。1922年の本は9篇の合本で、クーエ本人が書いたのは前半だけです。本文では、どこが本人の文章で、どこが別の書き手のものかを分けて書きました。1924年の論説が引いている新聞インタビューの記事そのものには、たどり着けていません。日本語訳については、雑誌『変態心理』での先行紹介があったかどうかまでは追えていません。

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