毎朝、鏡の前で言葉を唱えて半年。手ごたえが、まだ一度もない。
調べてみると、効くと書いてあるページも、嘘だと書いてあるページも出てきます。両方です。
先に結論を書きます。嘘なのは方法そのものではなく、いま配られている手順が、元の手順と同じものだという前提のほうです。
元の手順は、いま配られている手順と、ほとんど逆でした。
順番に書きます。
1922年の原典は、紐の結び目を数えろと書いている
アファメーションの出どころをたどると、フランスの薬剤師エミール・クーエの本に行き着きます。1922年に英語で出た『Self Mastery Through Conscious Autosuggestion』です。
書いてある文句は、ひとつだけ。
Every day, in every respect, I am getting better and better.
拙訳すると「毎日、あらゆる面で、わたしはますますよくなっていく」。
問題は、そのあとに続く指示のほうです。
朝、目が覚めて起き上がる前に。夜、床に入ったらすぐに。
目を閉じて、単調な声で、20の結び目がついた紐で数えながら、20回くり返す。
……紐です。
回数も、数える道具も、時間帯も、クーエ本人が指定しています。
抑揚は、いりません。単調な声で、と書いてあります。
ただし、気持ちを抜けとは書いていません。原典が外せと言っているのは、力みのほうです。
確信と信は、要ります。
原典は「意志は完全に脇へ置け」と書いていた
いま配られている手順は、願いを強く思い描けと言います。
原典は、その反対でした。
クーエは自分の結論を4つの法則にまとめ、その第1にこう置いています。
意志と想像力が対立するとき、勝つのはつねに想像力であり、例外はない。
意志を鍛えよとすすめるのは重大な間違いだ、とも書いています。
弟子が書き取ったという箴言のほうには、もっと短く出てきます。よい暗示をするには、努力なしでやることが絶対に必要だ。努力とは意志を使うことだから、意志は完全に脇へ置け。
そう書いてあります。
同じ本には、クーエの方法を紹介した別の書き手の文章も入っています。そちらには、こうあります。
唱えているあいだ、何も特別なことを思い浮かべてはいけない。自分の病気のことも、悩みのことも。
クーエの方法を理論にまとめたバドゥアンは、1920年の本でこれを「逆転した努力の法則」として定式化しています。この法則を見つけたのはクーエだが、名前は付けなかった、とバドゥアンは書いています。
ある考えが心を占めているとき、それに逆らおうとする意識的な努力は、効かないどころか、かえってその考えを強める。
英訳版の訳者は、序文でこの本の骨をこうまとめました。合言葉は「意志する者はできる」ではなく、「考える者はできる」「想像する者はできる」だ、と。
つまり元の手順は、気合いを入れないための道具でした。
いま配られている手順は、その正反対です。
入れ替わりは、ここです。
効かない人は3%だと、原典が先に決めていた
いちばん引っかかったのは、ここです。
原典は、この方法が効かない相手を2種類しか認めていません。
言われたことを理解できない人と、理解しようとしない人。
この2つは全体のわずか3パーセントにすぎないので、自分の方法に従えば失敗はありえない、と書いてあります。
効かなかったとき、原因は方法ではなく、受け取った側にある。
先に、決めてあります。
やり方が足りない。信じ方が足りない。
——その言い方の出どころは、ここです。
1923年に日本語で出て、1924年に医学誌が突き放した
原典は、この方法で臓器の病変まで治ると書いています。どの臓器が悪いか知らなくても、無意識が自分で選んで働きかける、と。
医療の主張として、世に出ています。
日本語訳は、その翌年に出ています。
1923年、『クーエ式自己暗示法』。日本精神医学会から、232ページ。「通俗精神医学叢書」の第2編でした。
ただし、訳されたのはクーエ本人の本ではありません。英国人ブルックスが書いた紹介書のほうです。
日本語になった最初の本は、この紹介書でした。
一方、米国の一誌は、こう突き放しました。
1924年、California and Western Medicine の論説が、クーエの新聞インタビューを引きました。引かれたのは、この一言です。
頭が悪い人ほど、自分の理論をすぐ飲み込む。クーエ本人の発言です。
サンフランシスコに着いた日の、エグザミナー紙のモリー・メリックによる取材です。論説は続けて、「間抜けな人」「無自覚な人」「知的にゼロの人」ほど恩恵を受けやすいとクーエが語った、と書いています。
そして、こう結んでいます。我々の関知するかぎり、クーエについてはこれで終わりだ、と。
効かないのは理解できない人だ、と本には書いてありました。理解は要らない、と新聞では語っています。
噛み合っていません。
1988年、同じ名前で別のものが体系になった
アファメーションの科学的根拠をいま検索すると、心理学の研究が並びます。
ただ、そこで挙がるものの多くは、別の系統です。
出自が、違います。
心理学の側で self-affirmation が理論としてまとめられたのは1988年。スティールが、自己の統合性を保つ枠組みとして提唱したものでした。語そのものは、1983年のスティールの論文の題名にすでに入っています。
唱える文句のことではありません。自分が大事にしている価値のほうを扱う枠組みです。
唱える型を実験で調べた2009年の論文は、効くと信じられてきただけで実証はされていない、というところから始まります。その中身はアファメーションは効果ないのかに置きました。型がふたつある話も、そちらの担当です。
嘘だ、本当だ、が噛み合わないのは、たいていここです。
今日の話をまとめると
アファメーションが嘘なのではありません。
1922年の原典が指示していたのは、意志を脇へ置くこと、単調な声で、20の結び目がついた紐を数えて20回くり返すこと。
いま配られている手順は、強く念じること、鮮明に思い描くこと、意志を込めること。
落ちたのは手順のほうで、残ったのは「効かないのは受け取る側だ」という3パーセントの構えのほうでした。
入れ替わったのは、手順の中身のほうです。
今夜、3分だけ使ってください。いま自分が唱えている文を紙に書き出して、そこに意志が入っているかどうかだけ見る。
「〜になってやる」と書いてあったなら、それは元の手順ではありません。
書く型のほうの数字は、アファメーションの科学的根拠にまとめました。
僕がなぜ原典まで開くのかは、プロフィールに置いてあります。





