「波動に科学的根拠はあるのか」と聞かれて、ことばに詰まった人。波動を測る機械の説明を読んで、わかったような気になって、そのままページを閉じた人。
僕は、波動を測る機械を買ったことがありません。わけは、これから数えるとおりです。
先に結論を書きます。波動測定器を売っている会社のページには「測定原理」という見出しがあるのに、その下に「論文」も「試験」も「査読」も0回でした。
数えれば、見えます。
順番に書きます。
「測定原理」の下を、全文数えました
まず、その機械を専門にあつかう会社のページをひらきました。
ページぜんたいで、およそ8,100字。「測定原理」という見出しも、ちゃんとあります。
やることは、ひとつです。
ことばを、数えました。
それだけです。
「論文」0回。「試験」0回。「査読」0回。
根拠のありかを書いた語が、3つとも出てきません。
「根拠」ということばは、2回ありました。どちらも、施術やカウンセリングの説明に使う、という意味です。
測った話では、ないです。
そのかわり、よく出てくる語もあります。「非侵襲」が6回。「エビデンス」が2回。
物理の波動に定義があることは、波動はうさんくさいのかのほうに書きました。
何を拾うかは書いてある。何で拾うかが、ない
では「測定原理」の見出しの下に、何が書いてあるのか。
一行です。体の各部位がもつ固有の波のかたちと、測ったときに取れた波のかたちの、差を分析する。そう書いてあります。
何を拾うかは、書いてあります。
書いていないのは——その波を、何で拾うのかです。
「センサー」0回。「電極」0回。
拾う側は、ゼロでした。
その機械を入れているクリニックの案内も、ひらきました。
こちらは、もっと具体的でした。あてるのは、人体にやさしい低周波。読み取るのは、全身の生体磁場のエネルギー情報。それを約2,600か所ぶん測って、体のバランスをチェックする、と。
ここでも、拾う側の部品は出てきません。
どちらのページにも、おなじ断りがあります。
「医療機器」ということばは、売る側のページに4回。あくまで健康管理とカウンセリングの支援ツールであって、医師の診断や治療を置きかえるものではない、と。
クリニックの案内にも、あります。病気や臓器の部位を特定したり、診断・治療するために開発された医療機器ではありません、と。
売っている側が、自分の手で「医療機器ではありません」と書いています。
「効いた人がいる」は、どう数えられるのか
ここで出てくるのが、体験談です。
消費者庁の指針が、効果をうたう表示の「合理的な根拠」の形を決めています。
そこで根拠と認められるのは、2通りだけです。試験や調査で得られた結果か、専門家の見解または学術文献か。
体験談は、その外にあるのか。
そこは、ちがいました。
指針は、こう書いています。体験談やモニターの意見を集めた調査結果でも、無作為抽出法で相当数のサンプルを選び、作為が生じないようにしていれば、根拠として出せる、と。
落ちるのは、体験談そのものではありません。
落ちるのは、集め方のほうです。
指針は、わけまで書いています。
すすんで体験談を送ってくる人は、その商品に著しく心理的な感銘を受けている。だから意見が主観に寄りやすい。送らなかった人を調べないまま、届いた声だけを母体にした調査は、統計的に客観性が確保されたものとはいえない、と。
身内など、利害のある人の体験談。広い地域で売る商品を、せまい地域の少数モニターで調べた調査。どちらも、おなじあつかいです。
数えられるのは、届いた声ではなく、その選び方のほうです。
研究の段では、体験談は外に置かれる
次は、研究の側です。
厚生労働省のeJIMは、人に対する研究を3つに分けています。観察研究、介入研究、システマティック・レビューです。
観察研究は、横断、ケース・コントロール、コホートの3つ。
介入研究は、いわゆる臨床試験です。そのなかでとくに信頼性が高いのが、ランダム化比較試験になります。
システマティック・レビューは、世界中の研究をくまなく集めたものです。
上へ行くほど、信頼性が高い。eJIMは、そう書いています。
では、体験談はどこか。
この3つの中には、ありません。
eJIMは冒頭で、体験談や専門家の意見を「研究結果に基づかない情報」と書いています。そのうえで、はじめから疑ってかかる姿勢が大切だ、と。
段の外です。
おなじサイトが、健康情報の10か条も出しています。1番目は、その根拠は何かとたずねること。7番目は、くらべられていることを確かめること。
測られているのは、体と、そのあとの注意
ここまで、根拠が書かれていない側を数えました。
のこっているほうを書きます。
「あの場所に行くと調子が変わる」。ここは、ちゃんと測られています。
日本ぜんこく24か所の森で、280人。おなじ人が、森と都市部の両方をまわる形です。
森では、だ液のなかのコルチゾールが下がりました。ながめたあとで13.4%、歩いたあとで15.8%。都市部とくらべた数字です。
脈拍数も、血圧も下がっています。
測ったのは、体です。
注意のほうも測られています。うつ病と診断された20人が、いやなことを思い出したあとで、自然の中を50分歩く。1週間おいて、街なかを50分歩く。
数字を逆から言い返す課題の成績は、自然を歩いたあとのほうが上がりました。効果量は大きい、と書いてあります。
ただし、20人です。人数と、参加者の意欲のかたよりを、著者じしんが限界としてあげています。
森でも街でも、測られたのは場所の側ではなく、自分の体と注意のほうです。
波動を測る機械は、ここに1台も出てきません。
出てくるのは、場所と、足です。
今日の話をまとめると
「波動に科学的根拠はあるのか」は、はいかいいえでは答えられません。
答えは、売っている側のページのなかに、もう書いてあります。
「測定原理」の見出しの下に、論文も試験も査読も0回。センサーも電極も0回。かわりに「医療機器ではありません」が、売る側の手で書いてありました。
いっぽう、森を歩いた280人のコルチゾールは、15.8%下がっていた。
測れていないものと、測られているものは、別ものです。
今夜、3分だけ使ってください。気になっている商品のページをひらいて、ページ内検索で「論文」「試験」「査読」の3語を数える。
ぜんぶゼロなら、根拠はそのページの外にあります。どこに置いてあるのかを、売っている側に聞くところからです。
おなじように、効いたと言える範囲まで戻して瞑想を見たのが、瞑想の科学的根拠です。追試で消えた話まで書きました。
僕がこの見方をしているわけは、プロフィールに書いてあります。





