朝、やることが頭の中に並んでいて、どれにも手がつかない。
会議で人の話を聞きながら、さっき言われた数字が、もう消えている。
僕は、どちらも覚えがあります。
先に結論を書きます。顕在意識とは、いま自分で気づいていて、言葉にして報告でき、考えや行動に自由につかえる情報のことです。
顕在意識が一度にもてるのは、約4項目です。
頭の中の置き場が4つ。ここでは、それを「席」とよびます。
席は、小さいです。
それでも、ここでしかできない仕事が3つあります。
順番に書きます。
「顕在意識」は、辞書で見出しが見つからない
コトバンクで横断検索をかけると、「潜在意識」の見出しはあります。
「顕在意識」の見出し語は、見つかりませんでした。
潜在意識のほうには、「活動はしているが自覚されない意識」と書かれています。精神分析などの言い方です。
つまり「顕在意識」は、潜在意識の反対側をあらわすために、ふだんつかわれている言い方なんですよね。
辞書の言葉では、ないです。
だから中身は、辞書の「意識」を見にいきます。
デジタル大辞泉の、心理学・哲学の語義ではこうです。
「自分自身の精神状態の直観」。「自分の精神のうちに起こることの知覚」。
日本大百科全書のほうは、もっと短い。「個人によって体験され、気づかれていること」。
気づかれている。顕在意識と潜在意識をわけているのは、ここです。
脳の中では「全体に広がった状態」を指す
では、脳の側から見ると、なんなのか。
2001年に、意識の研究の土台になる枠組みが出ています。グローバル・ニューロナル・ワークスペース仮説です。
脳の中では、たくさんのネットワークが並列に動いています。そのほとんどは、無意識のままです。
そのうちのひとつの情報が、注意で増幅されて、脳全体に広がる。
この「全体でつかえるようになった状態」を、僕たちは意識として体験している。仮説は、そう置いています。
2005年の整理によると、意識にのぼったときは、前頭頭頂や内側側頭をふくむ、広い範囲がいっしょに働く。
気づかないままのときは、視覚野などの、せまいところしか活性化しない。
脳科学辞典が、意外な数字をあげています。
小脳には、約800億のニューロンがあります。大脳と視床の系が約200億なので、4倍です。
でも、小脳をぜんぶ取りのぞいても、意識のレベルにも内容にも、ほとんど影響が出ません。
数が多い側が、顕在意識ではない。——つながって、全体に広がった側が顕在意識です。
一度にもてるのは、約4項目
席の数は、すくないです。
1956年のよく知られた論文が、7±2という数字を出しています。マジカルナンバー7です。
ただ、2001年にコーワンが、たくさんのデータをまとめなおして、こう書いています。
あの7は、厳密な容量限界というより、大まかな目安であり、レトリックだった。
7は、めやすだったわけです。
実際の純粋な容量は、平均約4チャンク。3〜5のあいだです。
チャンクは、意味のまとまりのことです。ばらばらの4つとは、かぎりません。
たがいに無関係な項目なら、一瞬の意識にもてるのは1〜4個とされています。
席が約4つというのは、こちらの数のほうです。
この小ささは、脳全体に届くことの代償かもしれない。2013年の論文は、そう見ています。
脳全体に広がった状態が続くのは、約100〜200ミリ秒とされています。
ひとつの広がりが続く長さです。席においたものが0.2秒で消える、という話ではありません。
保ち続ける仕事は、この広がりをなんども起こしなおすことになります。
だから、しんどいわけです。
席は、4つぶん。そのかわり、そこにおいたものは、脳のどこからでもつかえます。
そういう作りに、なっています。
小さいのに、ここでしかできない仕事が3つある
では、その小さい席は、なんのためにあるのか。
2001年の枠組みは、意識の理論が組み込むべき観察を3つ、あげています。
ひとつ目。相当な量の処理は、意識なしでできる。
ふたつ目。注意は、意識の前提条件になっている。
みっつ目。それでも、意識がないとできない仕事がある。情報を保ち続けること、操作を新しく組み合わせること、意図した行動を自分から起こすことの3つです。
ひとつ目に、もどります。
無意識でも、こみいった処理はできます。
ただ、ほとんどの場合、無意識の処理が行動に与える影響は、意識の処理にくらべて弱く、時間的にも持続しない。脳科学辞典は、そう説明しています。
意識にのぼった情報は、長期記憶にも、体を動かす段どりにも、抽象的な思考にもつかえる。だから、圧倒的に有用なのだ、と。
ゆっくり考えるほうの処理は、作業記憶に重い負荷をかける。2013年の総説は、そう定義しています。
席がふさがっていると、組み合わせる仕事から先に落ちます。
そこが、いちばんもったいないところです。
「動こう」と思う前に、準備は始まっている
1983年のリベットの実験です。5人の被験者に、自分のタイミングで指を動かしてもらい、「動かそうと思った」時刻を報告させました。
脳の準備電位が立ちあがるのは、その報告より、平均で約350ミリ秒はやかった。最小でも、約150ミリ秒。
事前に計画があったときは、平均で約800ミリ秒です。
論文の副題は「自由な随意行為の無意識的な開始」。
動作の準備は、気づく前に始まっているのです。
思ったから、動いたのではない。
だから、「動作をひとつずつ起こすところ」ではないんですよね。
2017年の論文は、「意識」という語が2つのはたらきを混ぜて指している、と整理しました。
えらんだ情報を脳全体に届けるはたらきと、その計算を自分で見はって、たしかさや誤りの感じをもつはたらきです。
顕在意識の仕事は、合図を出すことではありません。
何を保ち、何を組み合わせるかを決めて、全体に知らせるほうです。
今日の話をまとめると
顕在意識は、辞書に見出しがありませんでした。中身は、辞書の「意識」で足ります。
一度にもてるのは、約4項目。そのかわり、おいたものは脳全体に届きます。
そして、保ち続ける・組み合わせる・自分から始める、の3つは、ここでしかできない。
今夜、3分だけ使ってください。頭の中に並んでいる項目を、ぜんぶ紙に書き出す。そのうえで、明日の朝に残すものを、ひとつだけ丸で囲む。
減らすのは、やることではありません。席においておく数のほうです。
そこを、まちがえない。
保ち続ける役目を紙に渡すと、組み合わせる仕事に、席が空きます。
潜在意識との線引きは、潜在意識と顕在意識の違いに書きました。言葉の出どころのほうは、潜在意識と無意識の違いで追えます。





