脳科学で「やる気」は存在しないのか|言葉の出どころと、動いた後に出るもの

脳科学で「やる気」は存在しないのか|言葉の出どころと、動いた後に出るもの

やる気という部品が無いのではない。逆になっているのは、順番のほうだった。
やる気という部品が無いのではない。逆になっているのは、順番のほうだった。

朝、机の前に座って、やる気が出るのを待っている人。

やる気さえあれば動けるのに、と思いながら一日を終えている人。

僕も、長いことそうでした。

先に結論を書きます。やる気は行動の原因ではなく結果だと、脳研究者の池谷裕二さんは言い切っています。

だから「存在しない」と言われている。

順番に書きます。

「やる気は存在しない」と言ったのは誰か

この言い方の出どころは、脳研究者の池谷裕二さんです。

やる気を待つ出るまで待つ。やる気はまだ来ていないものなので、待つ以外にやることがなくなる先に始める時刻が来たから始める。動いたあとで、やる気が付いてくるやる気を待つ出るまで待つ。やる気はまだ来ていないものなので、待つ以外にやることがなくなる先に始める時刻が来たから始める。動いたあとで、やる気が付いてくる
やる気を原因の側に置くと、待つ時間だけが増えていく。

講演を依頼するサイトのインタビューで、本人がこう話しています。

「『やる気』は幻想です。よくよく考えると『やる気』というのはやる気のないときに使う言葉。」

続きも、そのまま引きます。

「『やる気』がないからやれないのではなく、やらないから『やる気』が出てこないんです」

「行動を起こして初めて『やる気』が付いてくるんです」

同じインタビューで、人は「やれないのはやる気が出てこないからだ」と言い訳にしている、とも話しています。

きつい言い方に見えます。

でも、池谷さんが責めているのは人ではなく、言葉のほうなんですよね。

ひとつ、断っておきます。

この言い方を確かめた実験の報告そのものは、僕には見つけられませんでした。

出どころは、いまのところ本人の発言です。

そのうえで、この言い方には効くところがあります。

やる気という名前を付けた時点で、それは「まだ来ていないもの」になる。

来ていないものだと思っているかぎり、人は待つしかなくなります。

そこで、詰まります。

「作業興奮」の出どころを、たどってみた

やる気の話には、たいてい作業興奮という言葉が付いてきます。出どころをたどりました。

1902クレペリンが論文「作業曲線」を発表1924日本で内田勇三郎が30分法を確立いま百科事典に作業興奮という語はない1902クレペリンが論文「作業曲線」を発表1924日本で内田勇三郎が30分法を確立いま百科事典に作業興奮という語はない
曲線は残っている。5分で乗ってくるという言い方の根拠のほうは、見つからない。

5分でも手を付ければ脳が乗ってくる、という説明です。

ドイツの精神医学者クレペリンが提唱した、と紹介されることが多い。

よく「心理学者」と書かれているんですが、百科事典の記述は「精神医学者」でした。

世界大百科事典によると、クレペリンが1902年に発表した論文は「作業曲線」です。

単純な作業を続けたときの作業量と、単位時間あたりの変動。その変動に寄与する因子に、考察を加えたものだと書かれています。

因子の名前のほうは、別のところに出てきます。

日本大百科全書が、内田クレペリン精神作業検査の作業曲線に反映する因子として挙げているのは、意志緊張、興奮、慣熟、練習効果、疲労でした。

「興奮」は、たしかにここにあります。

ただし、これは日本で内田勇三郎が確立した検査についての記述で、1902年の論文の中身ではないです。

百科事典の項目を開いても、作業興奮という語そのものは見つかりません。

日本では1924年に内田勇三郎が30分法を組み立て、適性検査になりました。

そして「5分やれば乗ってくる」を確かめた実験の報告には、たどり着けませんでした。

見つかったのは、曲線の話と、検査の話だけです。

作業興奮という語の出どころは、分からないままでした。

作り話だと言いたいのではないです。

ただ、数字の付いた根拠として持ち出せる段階ではない、というだけです。

言葉のほうが、根拠より先に広まっています。

「できそうだ」は、実績のあとに出てくる

では、やる気と呼ばれてきたものの正体は何なのか。

自分でやり遂げたこと実際にできた、という体験そのもの人がやるのを見たこと他の人が遂行するところを見る言葉で説得されたこと励まし、声かけ、言い聞かせそのときの体の状態緊張や疲れを、自分で読み取るBandura 1977 が195頁で挙げる順。効き目の順位ではない
「できそうだ」を作る四つの源。強く効くのは、体験にもとづくほう。

心理学に、近い概念があります。1977年にバンデューラが出した自己効力感です。

「自分にはこれができそうだ」という見込みのこと。

論文の191頁には、こう書かれています。この見込みが、行動を始めるかどうか、どれだけ力を注ぐか、うまくいかないときにどれだけ続けるかを決める、と。

では、その見込みはどこから来るのか。

195頁に、四つの源が挙げられています。

自分でやり遂げたこと。人がやっているのを見たこと。言葉で説得されたこと。そのときの体の状態。

191頁には、こうも書かれていました。体験にもとづく源が確かなものであるほど、見込みは大きく動く。

では、言葉で説得されたときはどうなるのか。

198頁に、はっきり書いてあります。自分でやり遂げたときにくらべて、弱くなる。

理由も添えられています。言葉には、体験の裏づけが無いからです。

自分に「やれる」と言い聞かせても薄いのは、それが体験ではないからなんですよね。

順番でいうと、動く、実績が1件たまる、できそうだが出る。

やる気を先に出そうとするのは、この列を逆から押している状態です。

押しても、やる気のほうは動きません。

足りていないのは、やる気ではなく有能感・自律性・つながり

動機づけの側から見た研究も、ひとつ置いておきます。

やる気で説明する「今日はやる気がない」で終わる打つ手が、ひとつも出てこない次の日も、同じ一語で片づく三つで見るやり方がわからない日は、有能感人に決められた作業の日は、自律性ひとりで抱えている日は、つながりやる気で説明する「今日はやる気がない」で終わる打つ手が、ひとつも出てこない次の日も、同じ一語で片づく三つで見るやり方がわからない日は、有能感人に決められた作業の日は、自律性ひとりで抱えている日は、つながり
同じ「動けない日」を、二通りに書き分けたもの。右は、次の一手が出る書き方。

2000年にライアンとデシが American Psychologist に出した論文です。

人には生まれつき三つの心理的な欲求がある、と要旨に書かれています。

有能感、自律性、そして人とのつながり。

この三つが満たされると、自分から動く力と心の健康が高まる。ふさがれると、どちらも下がる。

ここが効きます。

動けない日を「やる気がない」と呼ぶと、打つ手がひとつも出てきません。

でも、三つのどれが欠けているかで見ると、話が変わります。

やり方がわからない日は、有能感のほうが欠けている。

人に決められた作業の日は、自律性のほうが欠けている。

ひとりで抱えている日は、つながりのほうが欠けている。

欠けている場所が違えば、やることも変わります。

ここが、分かれ目です。

やる気という一語は、この三つをまとめて隠してしまう袋なんですよね。

今日の話をまとめると

やる気が存在しないというのは、脳のどこを探しても部品が見つからない、という意味ではないです。

時刻を決めるやる気ではなく、始める時刻を引き金にする体を動かす短くていい。量のほうは問わない実績が1件たまるやり遂げた体験が、ひとつ増えるできそうだが出る見込みは、ここで初めて出てくる時刻を決めるやる気ではなく、始める時刻を引き金にする体を動かす短くていい。量のほうは問わない実績が1件たまるやり遂げた体験が、ひとつ増えるできそうだが出る見込みは、ここで初めて出てくる
この記事の着地。やる気は入口ではなく、出口のほうに立っている。

順番が逆だ、という意味でした。

作業興奮という言葉は、クレペリンが提唱したと紹介されることが多いものの、その根拠にはたどり着けませんでした。

5分で乗ってくるという言い方の出どころも、分からないままです。

代わりに残ったのは、実績のほうがあとから見込みを作るという1977年の枠組みと、動く力を支える三つの欲求という2000年の枠組みです。

どちらも、動いたあとの話をしています。

出どころをたどると、残ったのは順番の話だけでした——待つ側から、始める側へ。

今夜、3分だけ使ってください。明日やることをひとつ選んで、始める時刻だけを決めて、カレンダーに置く。

やる気ではなく、時刻を引き金にする。それだけです。

言い聞かせるより先に動作を決めておく、という話は潜在意識は嘘なのかに書きました。脳の俗説をもうひとつ見ておきたい人は、右脳と左脳の違いへ。

僕がなぜ毎回こうやって出どころをたどっているのかは、プロフィールに置いてあります。

出典・参考文献

  1. 池谷裕二 講演会講師インタビュー(スピーカーズ.jp)「『やる気』は幻想です」
  2. 内田クレペリン精神作業検査(日本大百科全書・世界大百科事典 旧版)クレペリン1902年『作業曲線』/内田勇三郎1924年30分法
  3. Bandura A. Self-efficacy: toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review 1977;84(2):191-215.(PubMed は書誌のみ・要旨は収載なし)
  4. Ryan RM, Deci EL. Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist 2000;55(1):68-78.

Ryan & Deci 2000 は PubMed で要旨まで開いて確かめました。Bandura 1977 は PubMed に要旨が収載されておらず、書誌情報(掲載誌・巻号・頁)までしか確かめられません。頁を添えた引用は、Psychological Review 84巻2号 191〜215頁の本文から取ったものです。池谷さんの発言の出どころはインタビュー1本で、それを確かめた実験の報告には行き当たりませんでした。クレペリンの1902年の原典そのものにも、たどり着けていません。日本語の百科事典の記述までです。

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