本はふつうに読めるのに、人の顔と名前がなかなか一致しない人。
話のなかみはわかるのに、相手が怒っているのか冗談なのか、よく読み違える人。
どちらも、僕のことです。
先に結論を書きます。右脳の働きは「創造性」という一語ではありません。注意・顔・抑揚という仕事ごとに、べつべつの部位が受けもっています。
人を右脳型・左脳型にわける根拠のほうは、そもそも見つかっていません。その話は右脳と左脳の違いに書いたので、ここではあつかいません。
ここでならべるのは、型ではなく部位です。
名前のあるほうです。
順番に書きます。
左脳の働きは、半球ではなく部位に名前がついている
左半球のことばの部位には、ひとつずつ名前と番号がついています。
脳科学辞典の「言語中枢」から、そのままならべます。
ブローカ野は、左下前頭回のあたり。ブロードマンの44野と45野に分かれます。
話すほうの部位です。
1861年に報告された患者は、理解のほうはわりあいたもたれていたのに、「タン、タン」としか話せませんでした。損傷の中心が、ここでした。
話すほうが、止まった。
ウェルニッケ野は、左上側頭回の後部。ブロードマンの22野の後部にあたります。
1874年の症例は、逆でした。
よくしゃべるのに、意味が入らない。
入ってこないのは、聞いている本人のほうです。
左角回が39野、左縁上回が40野。こちらは、語彙と意味をあつかいます。
左紡錘状回には、文字のかたちを見る区画があります。ここがこわれると、書けるのに読めなくなります。
書くほうは、のこります。
おなじ「ことば」でも、受けもつところはひとつではないんですよね。
半球ではなく、区画に名前がついている。
そこが、単位です。
右も、おなじです。
右半球にも、ことばの部位がある
おなじ辞典が、右半球についても書いています。
こんどは、右です。
ブローカ野の右側の相同部位が損傷されると、韻律が障害されて、話し方が平板になる。1970年代からしめされている、とあります。
言っている中身ではなく、言い方のほうです。
談話の処理、ユーモア、皮肉、比喩の理解にも、右半球のいくつもの領域がかかわる可能性がある。
ことばの仕事は、左右にわかれています。
左だけではない。
数のほうも、見ておきます。健康な右利き188人——中等度の右利きも入ったグループです——を測った2000年の研究では、言語で右半球が優位だった人が7.5%いました。
分布は、左に寄った人がほとんどで、右に寄った人はわずか。そのあいだは、なだらかにつながっていました。
右が優位になる割合に、男女の差はありません。
男女で、差はなかった。
おなじ年に、強い右利きだけにしぼったべつの測定もあります。そちらは4%でした。
数がちがうのは、右利きの強さの取り方がちがうからです。
どちらも、ほんとうです。
少数だけど、いる。
右に寄っているのは、注意と顔
注意には、べつべつの2つのネットワークがあります。
ひとつは背側系。頭頂間溝と上前頭皮質をふくみ、目標に沿って注意を向けます。
もうひとつは腹側系。側頭頭頂皮質と下前頭皮質をふくみます。こちらは、大きく右半球にかたよっています。
腹側系の仕事は、目立つものや、予期しないものを見つけること。背側系にたいする回路遮断器としてはたらく、とあります。
いま向けている注意を、いったん切る役です。
注意が、切りかわる。
だから右半球がこわれると、左側にあるものに気づけなくなります。半側空間無視です。
左側が、まるごとぬけ落ちる。
これは、注意が右にかたよってしまう状態です。
やっかいなのは、見落としている自覚が出にくいところ。
顔のほうも、見ておきます。
1992年にPETで測った研究では、顔の同定で紡錘状回と前部側頭皮質が両半球とも動き、そこに右の海馬傍回とそのちかくがくわわりました。
顔だから右だけ、ではないんですよね。
物体の認識で動いたのは、おもに左の後頭側頭皮質です。
顔で動いた右半球の領域は、物体では動いていません。
そこは、かさなりません。
紡錘状回には、顔のときだけ強くはたらくところもあります。1997年の実験では、ためした15人のうち12人で見つかりました。
この区画が右に寄るかどうかは、要旨では確かめられませんでした。
そこは、たどれません。
顔だけ、べつあつかいです。
「ことばは左」は、半分だけ
ことばの処理にも、2本の道があります。
腹側の道は、音を意味へつなぐ道。ここは、おおむね両半球におかれています。
背側の道は、音を前頭葉の調音——口の動き——へ写す道。強く左に寄るのは、こちらだけです。
寄るのは、片方だけ。
つまり「ことばは左」は、半分だけ当たっている。
意味に向かう半分は、右もいっしょに使っています。
宛先は、ここでも道のほうです。
左右差は、1本の物差しではない
安静時の脳の活動から左右差を測って、因子分析にかけた2009年の研究があります。おとな300人ぶんです。
出てきたのは、たがいに独立した4つの因子でした。
ひとつめが視覚、ふたつめが内的思考。
みっつめが注意で、よっつめが言語です。
軸は、4本あります。
言語にあたるのは、そのうちの1つだけ。
どちらへ寄るのかは、2014年の総説がまとめています。視覚と注意は右へ、言語と内的思考は左へ。
4本は、連動しません。
著者は、左右差にただ1つの普遍的な意味があるという考えは、さらに疑わしくなると書いています。
1本のものさしでは、たりませんでした。
創造性についても、おなじ総説が書いています。創造的な思考は広いネットワークを動かし、どちらの半球にもかたよらない。画像では、右に寄る証拠が見つかっていません。
創造性の宛先は、まだきまっていません。
今日の話をまとめると
右脳の働きは「創造性」ではないです。
注意を向けなおすこと、顔を見分けること、話し方の抑揚をひろうこと。それぞれべつの部位が、べつべつに受けもっています。
左もおなじで、44野・45野・22野の後部・39野・40野と、区画ごとに名前がついている。
左右差の軸が4本あったのも、おなじ話でした。半球ひとつでは、宛先になりません。
右脳の働きは、半球の名前ではなく、仕事の名前で分かれている。
だから「右脳を働かせる」という言い方は、宛先が決まっていないんですよね。
今夜、3分だけ使ってください。「右脳を使いたい」と思っていたことを、仕事の名前に書き直す。
顔を覚えたいのか、相手の抑揚を読みたいのか、見落としをへらしたいのか。宛先がきまれば、やることのほうもきまります。
鍛える側の話は、右脳を鍛える訓練に根拠はあるのかにおいてあります。
出典から先に書いている理由は、プロフィールにあります。





