値上げのニュースのたびに財布のひもが締まって、必要な買いものまで先送りにする人。
逆に、稼ぎたいのに、お金の話になると胸のあたりが重くなる人。
僕は、そのどちらでもなかったです。
二択に賭けていた頃、賭けに置いた金が減ると、次の一手で取り返しにいきました。
増やしにいく側でした。
先に結論を書きます。「お金のブロック」の正体は、潜在意識に埋まった謎の栓ではなく、損を得より重く感じる・財布を用途で分けて数える・足りなさに注意を奪われる、という測られた偏りの束です。
しかも、その偏りは、あなたが気づく前に、脳の反応として先に出ています。
順番に書きます。
損は、得より重く感じる
1979年に、二人の心理学者が、こんな二択を95人に出しています。
確実にもらえる額と、80%の確率でそれより大きい額がもらえる賭け。
期待値は、賭けが上です。それでも、95人のうち80%が確実なほうを選びました。
ここまでは、ふつうです。
ところが、同じ二択を「失う側」に鏡写しにすると、答えがひっくり返ります。
確実に失う額と、80%の確率でそれより大きく失う賭け。
平均すると、賭けたほうが損は大きくなります。それでも、95人のうち92%が賭けを選びました。
ひとつ、断っておきます。
実際にお金が動いたのではなく、紙の上で答えてもらった二択です。答えたのは、イスラエルの学生と教員でした。
論文は、こう書いています。同じ額を失う痛みは、同じ額を得る喜びより大きい、と。
この鏡写しは、慎重な人と大胆な人の違いではありません。同じ一人の中で、得と損に別々の値段がついている。
僕が「次で取り返す」と言っていたのは、損の側の92%でした。取り返せた記憶は、ほぼないんですよね。
日本でも、4人に3人が「投資しない」
外国の実験室だけの話ではありません。
2022年に、18歳から79歳までの30,000人に聞いた全国の調査があります。
半分の確率で元本の2割が増え、半分の確率で1割が減る。期待収益率はプラス5%の投資です。
「投資しない」と答えた人が、74.2%でした。前回の2019年は、77.3%です。
株や投資信託のようなリスク性資産を、どれも買ったことがない人が56.7%。
調査の報告書は、損失回避傾向は総じて強い、と書いています。
損を重く見る偏りは、あなた一人のブロックではないのです。
珍しくもないです。
全国3万人の調査に、4人に3人というかたちで出ています。
財布を、用途で分けて数えている
二つ目は、数え方です。
給料は生活のため、臨時の収入は遊びのお金、と分けて数える。同じ額なのに、どの財布に入ったかで使い方が変わる。
この癖を、経済学者のセイラーが1999年に「心の会計」と名づけました。
セイラーの原文は有料です。本文は、開けていません。
代わりに開いたのが、2025年の再検証です。その報告の言い方だと、心の会計とは、お金の活動を管理するために一人ひとりが内側にもっている分け方のこと。
原文にある古典的な17問を、アメリカのオンライン参加者に出し直したものです。
答えたのは、1問あたりおよそ500人。のべ1,007人が参加しました。
17問のうち11問で支持、3問で一部だけ支持、3問で不支持。おおむね再現された、と報告されています。
同じ報告は、この分け方が自分の目標に合わない決定を生むことがある、とも書いています。
分けるのは、便利です。
——問題は、分けた財布のあいだで、同じ額に別の値段がつくことです。
足りなさが、注意を奪う
三つ目は、量ではない。お金が「足りない」という状態のほうです。
2012年の論文は、足りなさが注意の配分を変える、と書いています。目の前の問題に入り込む一方で、ほかを見落とす。借り過ぎのような行動は、少ないことから生じうる、と。
複数の実験で示された、とあります。何人だったかは、要旨に書かれていません。
翌年の2013年に、もっと直接に測った実験が出ています。
お金の心配を頭に呼び起こすと、貧しい人の認知テストの成績は下がり、余裕のある人は下がらない。
差が、そこで出ます。
ただし、このモールの実験には反論が出ています。収入を二つに割らずに分析すると差が消える、という指摘が同じ学術誌に載りました。
著者たちは、収入を数字のまま扱っても関係は残る、と返しています。
反論の対象になっていないのは、農家です。
インドのサトウキビ農家を、収穫前と収穫後で比べています。同じ人でも、貧しい収穫前のほうが、豊かな収穫後より成績が低い。
時間でも、栄養でも、労力でも、ストレスでも説明できない、と論文は書いています。
大学の発表文によれば、農家は464人。モールでの実験は約400人。低下の幅はIQで13ポイント分、一晩眠らなかったときに相当する、とあります。
心がけの話ではないです。
足りなさが削るのは、判断力です。
判断する前に、削られています。
決める前に、脳が先に動いている
では、その偏りは、どこで出ているのか。
買いものの場面で、決める前の脳を測った2007年の研究があります。
商品と値段を見せて、買うか買わないかを選んでもらう。脳を、撮り続けます。
商品が好みだと、報酬にかかわる側坐核が動きました。
値段が高すぎると、島皮質が動き、前頭の内側は静かになりました。
どちらも、決める前です。
それぞれの脳活動は、本人の自己申告とは別に「買うかどうか」を当てました。
本人の言葉より、先です。
「痛い出費」は、決めたあとに湧くのではありません。
もう、起きています。
お金のブロックは、潜在意識の奥に埋まった栓ではなく、決める前に脳に出ている反応のほうです。
今日の話をまとめると
ブロックの正体は、三つの測られた偏りでした。
損は、得より重い。得の側で80%が確実を選び、損の側で92%が賭けを選んだ。
財布を、用途で分ける。17問のうち11問が、2025年にも再現された。
足りなさが注意を奪う。IQで13ポイント分、一晩の徹夜に相当する。
そして、その偏りは、あなたが気づく前に、脳の活動として先に出ている。
だから、栓を探しても見つかりません。できるのは、脳が先に反応していると知ったうえで、損と得を同じ物差しに乗せることです。
今夜、3分だけ使ってください。いま迷っているお金の決めごとをひとつ選ぶ。紙の左に「失うもの」、右に「得るもの」を書く。
金額は金額と、時間は時間と、気分は気分と突き合わせる。そこが、コツです。
ここが、分かれ目です。
左だけが重く見えていたら、それが92%の側の景色です。
潜在意識に命令が効かないことは、潜在意識は嘘なのかに書きました。言葉の意味をそろえたい人は、潜在意識と顕在意識の違いを読んでください。





